№133 トルコ:PKKが停戦を宣言
クルディスタン労働者党(PKK)の指導者アブドッラー・オジャランが武装解除と自己解散を呼びかけたことを受け、PKKは2025年3月1日付で停戦を宣言した。
イラク北部カンディル山脈を拠点とするPKKの「指導部」は、オジャランの呼びかけに従うことを決定したと発表し、停戦が即時発効することを明らかにした。
【PKK声明概要】
- 本日より停戦を宣言する。
- 成功のためには民主的な政治と法的な基盤の整備が必要であることを強調したい。
- 平和と民主的社会の構築に向けて、本日より停戦を宣言する。攻撃されない限り、いかなる武力行動も行わない。
- 武装解除を実行するためには、アポ指導者(オジャラン)の直接的な指導が不可欠である。
- われわれは党大会を開催する準備がある。しかし、それを成功させるためには、安全が確保され、オジャランが直接関与する必要がある。
- 平和と民主的社会の実現、クルド問題の民主的解決、トルコと中東の民主化、そして世界的な民主化運動の促進のために、オジャランが自由に活動し、友人を含むあらゆる人と接触できる環境が整えられるべきである。この要求が国家機関によって満たされることを期待する。
『Turkiye Gazetesi』紙は、PKKの停戦発表を受け、治安当局が以下のようなロードマップを提示したと報じた。また、与党・公正発展党(AKP)の関係者は、これらのプロセス完了後、「国家の民主的変革」に関する法的枠組みが国会で議論される可能性があるとの見解を示している。
- PKKの党大会が開催され、解散が正式に決定されるまで、すべてのプロセスは政府によって監視される。
- このプロセスは最大でも3~4カ月で完了し、2025年6月末には次の段階へ進むことが想定されている。
- 党大会が開催され、解散が正式に決定されるまで、政府は何の約束もせず、いかなる条件も提示しない。
- 解散後、以下の技術的な問題について協議が行われる予定である。
・PKKが保有する武器の処理と登録方法
・PKKの幹部が第三国へ出国する可能性
・犯罪歴のないPKK構成員がトルコへ帰還する可能性
オジャラン氏の声明発表後、政府要人から相次いで発言がなされている。
2月28日、エルドアン大統領は「昨日をもって、テロのないトルコを目指す取り組みは新たな段階に入った。これは、MHPのデウレト・バフチェリ党首の勇敢な決断によって始まり、われわれの断固たる姿勢によって前進した」と述べた。
また、AKPのチェリキ報道官は「PKK、クルド民主統一党(PYD)、クルド人民防衛隊(YPG)、シリア民主軍(SDF)は名称を問わず、イラクおよびシリアにおけるすべての関連組織とともに、武装解除し、解散しなければならない」と強調した。さらに、トゥンチ法相は「(PKKとの)いかなる交渉もあり得ない。このプロセスの見返りとして政府が何かをすることはない。法治国家において秘密の取引は存在しない」旨、発言した。
評価
PKKは長年にわたりトルコ政府と武装闘争を続けてきたが、今回の停戦発表は、組織の自己解散と完全な武装解除に向けた第一歩と位置付けられる。オジャラン氏は声明で、PKKの存在意義が「時代の変化により失われた」との認識を示し、これまでの武装闘争から政治的プロセスへの移行を求めた。この発表を受け、PKKのカンディル本部は即時停戦を表明し、「組織としての解散に向けた具体的な準備を進める」との方針を明らかにしたが、停戦を発表した背景には、トルコ政府の対PKK政策の転換がある。
2016年以降、エルドアン政権は、新たな軍事技術(無人機や電子妨害・対策装備)を導入し、北イラクやシリア北部のPKK拠点に対する攻勢を強めてきた。その結果、PKKの軍事力は大幅に削がれ、継続的な武装闘争の困難さが浮き彫りとなった。こうした状況下で、オジャランによる停戦と解散の呼びかけがなされたことは、PKK側の戦略的転換を象徴するものといえるだろう。
PKKの即時停戦発表を受け、親クルド系政党である人民平等民主主義党(DEM)は、慎重ながらも肯定的な反応を示した。同党のバクルハン共同代表は、「このプロセスは単なる形式的なものではなく、実質的な変革を伴うべきである」と強調し、政治的・法的枠組みの整備が不可欠であると訴えた。また、武装解除のプロセスが一部勢力によって妨害される可能性にも言及し、「この歴史的な機会を無駄にすべきではない」と述べている。
また、DEMはPKKの武装解除と解散が、単に組織の終焉を意味するのではなく、クルド人の権利保障及び、民主的統合のための新たな政治的枠組みの形成と連動すべきだ、と主張している。特に、トルコ国内のクルド人住民に対する自治権の拡大、言語教育の自由、政治参加の保障などを求めていることから、今後のトルコ政府の対応が重要な意味を持つことになるだろう。
しかし、PKKの即時停戦と武装解除を巡っては、依然として多くの課題が残されている。
第一に、PKK内部の統制の問題である。カンディル本部が即時停戦を発表したとはいえ、一部の分派がこれに従わない可能性が指摘されている。特に、トルコ国外に拠点を持つ武装勢力が独自の行動をとるリスクがあり、停戦の実効性が問われる。
第二に、トルコ政府の対応である。政府はPKKの停戦を歓迎しつつも、これを政治的譲歩につなげることには慎重な姿勢を示している。とりわけPKKの完全解散が確認されるまで、具体的な政治的措置(クルド人の権利拡大や自治権の強化)には踏み込まない意向を示していることから、停戦が実際に政治的安定へと結びつくかは不透明である。
第三に、国際的な影響である。PKKの停戦と武装解除は、シリア北東部のクルド人勢力であるSDFにも大きな影響を及ぼす。トルコ政府は、SDFがPKKとの関係を断絶し、シリア政府軍(暫定政府)への統合を進めることを要求しているが、SDF司令官のマズルーム・アブディは、オンライン記者会見で、「オジャランの呼びかけはPKKに向けられたものであり、SDFには関係がない」と明言した。さらに、「オジャランはSDFやこの地域に直接言及しておらず、SDFは独自の政治・軍事戦略に基づいて行動する」と述べ、PKKの停戦とSDFの武装解除が必ずしも連動するものではないことを強調した。
他方、シリア北東部の自治政権を担う、PYD指導者のサリフ・ムスリムは、武装解除に前向きな姿勢を示している。しかし同時に、政治的承認と自治の継続が条件であるとも強調しており、PYDが完全な武装解除に直ちに応じる可能性は低いと考えられる。
PKKの解散がSDFにどのような影響を与えるか、これまでSDFを支援してきた米国を含む国際社会の対応が今後の焦点となるだろう。
2025年3月1日のPKK即時停戦発表は、歴史的な転換点ではあるが、武装解除と自己解散の実現には多くの障害が存在する。今後、トルコ政府、PKK幹部、DEM、そして国際社会がどのように対応するかが、和平の成否を決定づけると考えられる。
【参考】
「トルコ:PKKのオジャラン指導者が武装解除を促す声明を発表」『中東かわら版』No.132。
(主任研究員 金子 真夕)
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