中東かわら版

№132 トルコ:PKKのオジャラン指導者が武装解除を促す声明を発表

 

 2025年2月27日、クルディスタン労働者党(PKK)の指導者アブドッラー・オジャランは、収監先のイムラル島からPKKに対し、武装解除と自己解散を求める声明を発表した。この声明は、イスタンブル市内のホテルにおいて、人民平等民主主義党(DEM)の国会議員であるアフメット・トゥルクとペルヴィン・ブルダンによって、クルド語およびトルコ語で読み上げられた。

 その概要は以下の通り。

 【オジャラン指導者の声明概要】

  • PKKは、20世紀の激しい暴力の時代、クルド人の権利の抑圧や存在の否定という状況の中で誕生した。しかし、冷戦の終結と国内外の社会的変化により、その理念は意味を失い、存在の継続が不要となった。
  • PKKの武装闘争はその役割を終えたものであり、組織は自ら解散を決断すべきである。
  • トルコ人とクルド人は千年以上にわたり共存してきたが、近代資本主義の影響を受け、その関係は弱体化し、分断が進んだ。
  • 今後は、信仰やアイデンティティを尊重しながら、歴史的な共存の精神を基盤とし、兄弟愛に基づいた関係の再構築を進めることが不可欠である。
  • PKKの台頭は、クルド人の政治的権利が抑圧され、民主的な政治の道が閉ざされていたことに起因している。しかし、今後は武装闘争ではなく、民主的な政治の枠組みの中でクルド人の権利を確立することこそが、唯一の解決策である。
  • 独立国家や連邦制といった民族主義的な解決策は、歴史的な社会構造には適さず、クルド人が自由に自己表現し、民主的な形で組織化できる社会こそが求められる。
  • 民族主義者行動党(MHP)のバフチェリ党首の呼びかけや、エルドアン大統領の意志などの前向きな姿勢が示された現在の状況を踏まえ、私はPKKの武装解除を呼びかけるとともに、その歴史的責任を引き受ける
  • 強制的な解体ではなく、すべての武装グループが自主的に武器を置き、PKKは自ら解散すべきである。そのために、党大会を開催し、国家および社会との統合について決断を下さなければならない。

 クルド系指導者らは、オジャランの声明を概ね歓迎した他、クルド住民が多く暮らす南東部のディヤルバクルやヴァンでは、声明発表の様子が生中継され、屋外に設置された大型スクリーン前に集まった数千人がその動向を見守った。

 与党、公正発展党(AKP)のアラ副党首は、A Haberの生放送で、オジャランの声明について言及し、その本質はPKKが完全に解散し、武器を放棄することにあるとしたうえで、政府はPKKの武装解除と解散を求めつつ、和平の可能性を慎重に見極める姿勢を維持しており、PKKが解散しない限り、テロとの戦いを断固として継続する方針であることを強調した。

 MHPのバフチェリ党首は、「私たちは、虚構の分断、人為的な対立、陣営化、誤解が国民生活から完全に取り除かれる、意義深い時代の瀬戸際にいる」との声明を発表した。

 

評価 

 今般発表されたオジャラン指導者の声明の背景には、2024年10月以降のトルコ国内の政治動向が大きく影響している。とりわけ、MHPとDEMの交流が活発化し、「クルド問題」に関する新たな「和解」プロセスの可能性が浮上したことが挙げられる。2024年10月1日のトルコ大国民議会の開会式において、MHPのバフチェリ党首がDEMのバクルハン共同代表と握手を交わしたことは、トルコ政界に大きな衝撃を与えた。

 MHPは、極右の超国家主義政党であり、長年にわたりオジャランを「赤ん坊殺し」「4万人の殉教者の殺人者」などの侮蔑的な言葉で非難してきた。また、バフチェリ党首は1999年のオジャラン逮捕後、死刑の速やかな執行を主張し続け、2002年にトルコ議会がEU加盟交渉の一環として死刑制度の廃止を決定した際には、最後まで反対した人物である。しかし、今回の声明発表においてバフチェリ党首が果たした役割は、これまでの姿勢とは大きく異なるものであった。

 バフチェリ党首の狙いとして、第一に、トルコ国内のクルド問題を「安全保障上の脅威」ではなく「政治的問題」として位置付け、対応の方向性を転換することが挙げられる。第二に、国内の民族的分断を修復し、政治的安定を確立することで、エルドアン政権の支持基盤を強化する意図があると考えられる。とりわけ、PKKの武装解除と自己解散が実現すれば、国内の治安政策の成功として位置付けられ、AKPとMHPに対する支持が高まる可能性がある。

 オジャラン指導者の声明では、従来のPKKのイデオロギーからの転換が明確に示された。その中でも特に注目すべきは、(1)マルクス・レーニン主義からの思想的転換、(2)「信仰」という単語の使用、(3)「歴史的責任を引き受ける」という表現の三点である。

 オジャラン氏は、「PKKは20世紀の暴力的な環境、クルド人の権利抑圧、そしてクルド人の存在否定を背景に誕生したが、冷戦終結と社会の変化により、その存在意義を失った」と述べている。この発言は、PKKが従来掲げてきたマルクス・レーニン主義的な革命路線からの脱却を示唆するものである。

 PKKは、1978年の創設以来、社会主義革命と民族解放を結びつける形で武装闘争を展開してきた。だが、冷戦終結後の社会主義国家の崩壊とグローバルな政治経済情勢の変化により、マルクス・レーニン主義的な戦略の有効性が低下したことを、オジャラン自身が認めたと考えられる。これは、PKKがこれまでの革命運動の路線を放棄し、政治的解決の可能性を模索する方向へと転換する意向を示していると言えるだろう。

 また、オジャラン氏は、「今後は、信仰やアイデンティティを尊重しつつ、兄弟愛の精神に基づき、歴史的な関係を再構築することが不可欠だ」と表明したが、これは、PKKがこれまでの無神論的立場から、宗教を一定程度認める方向へシフトする可能性を示唆している。

 トルコ国内のクルド人の多くはスンナ派ムスリムであり、宗教はクルド社会において重要な役割を果たしている。にもかかわらず、PKKは、これまで宗教的要素を排除する方針を取ってきた。しかし、宗教的価値観を無視することで、一部の保守的なクルド人層の支持を得られなかった側面もあることから、今回の声明では、より広範なクルド社会の支持を獲得するための戦略的な言及と考えられる。

 さらにオジャランは、「PKKの武装解除と自己解散の呼びかけは自分が引き受ける歴史的責任である」と明言した。同発言は、オジャラン自身がPKKの未来を決定する主導的立場にあることを強調するとともに、武装闘争の終焉を正式に宣言する意志を示している。

 歴史的な転換点に差しかかかっている中で、今後の課題として見えてくるのは、PKK内部の反応、トルコ政府の対応、米国の反応、特にシリアにおけるPKKの分派組織、クルド人民防衛隊(YPG)の解体を米国が容認するかどうか、そして国際社会の動向が挙げられる。PKK内部には現在も武装闘争の継続を主張する勢力が存在しており、オジャランの呼びかけがどの程度受け入れられるかは現時点で不透明である。また、エルドアン政権がPKKの武装解除と引き換えにどのような政治的譲歩を行うのかも重要な争点となるだろう。

(主任研究員 金子 真夕)

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