中東かわら版

№130 シリア:国民対話会議開催と並行してシリアの解体が進む

 2025年2月25日、ダマスカスで国民対話会議が開催された。会議は、暫定立法評議会と憲法起草委員会の迅速な設置、民族・宗教・法学派(注:「宗派」に相当する語彙を避け、イスラームの諸宗派を意図して「法学派」との文言を用いていると思われる)に基づく差別の撤廃、政府機関の改革と再編、汚職対策の強化、教育改革、市民社会団体による社会支援、対シリア制裁の解除などをうたった声明を発表した。また、声明はイスラエルによるシリア領への侵攻と占領を拒否し、イスラエルに対し無条件の撤退を要求するとともに、この要求への国際的支援を呼び掛けた。しかし、イスラエルのタニヤフ首相は、ダマスカス以南の地域の非武装化を要求した(23日)。イスラエルは国民対話が開催された当日の夜にも、ダマスカス南郊のキスワへの爆撃、ダラア県、クナイトラ県の複数個所への軍事車両を伴う侵攻を実施した。こうした動きに対し、ダラア県、スワイダ県でネタニヤフ首相の発言に抗議するデモが開催された(25日)が、暫定政権や同政権への支援を表明した諸国から、イスラエルによる爆撃や侵攻を止めるための実質的な措置はとられていない。

 トルコ軍の占領下にあるアレッポ県アフリーン、マンビジュの両市にシリアの総合治安局の部隊が入り、16日にはアフマド・シャラ(アブー・ムハンマド・ジャウラーニー)大統領が両市を訪問した。ただし、両市をはじめとするアレッポ県北部でのトルコ軍とその配下のシリア国民軍の占領・占拠は解消していない。

図:2025年2月26日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

評価

 拙速かつシリア人民の広汎な出席を確保していないとの批判も絶えない中、国民対話会議が開催された。これは、アメリカ、EU諸国、国連などによる、「包括的な政権」の樹立要求に従ってこれらから科されている制裁解除を達成したいためと思われる。国民対話会議は、政党、団体などによる協議ではなく、個人としての意見表明という体裁をとっているため、会議の声明は一般論の域を出ない総論にとどまった。対話の成果や会議へのシリア人民の参加の程度を評価するためには、近日中に編成されるともいわれる内閣や、会議の声明でも謳われた立法評議会や制憲委員会の人選の分析が重要となる。

 シリア紛争勃発以来国際的に常時表明されてきた「シリアの主権と領土的統一の尊重」という原則は、シリア・アラブ共和国が外交・安全保障場裏の当事者として消滅した現在、まったく顧みられていない。この状況を少しでも改善するためには、暫定政権下での新生シリア軍の編成が不可欠である。これについて、1月末に「勝利集会」と題する会合が開催され、アフマド・シャラの暫定大統領任命、武装勢力の解散と新生シリア軍への編入が決定された。しかし、クルド民族主義勢力を主力とするシリア民主軍、トルコの配下のシリア国民軍の解散や編入は全くめどが立っておらず、クルド民族主義勢力は国民対話会議に招待もされなかった。また、武装勢力諸派の解散、特にシャーム解放機構(旧称ヌスラ戦線。シリアのアル=カーイダ)の解散の実効性は疑問視されており、新生国防省・シリア軍の組織の枠組みや体制が全く整備されない中シャーム解放機構が軍の人事や政治権力を独占しつつあるとも指摘されている。新生シリア軍の組織の一部は、シャーム解放機構傘下の部隊を改称、同派の外国人幹部を司令官に任命したものに占められている。これは、国際的な制裁対象・指名手配犯を含むイスラーム過激派の戦闘員にシリアの公的機関で役職や権限を与え、その存在を合法化する手続きともいえる。新生シリア軍が領域や主権を防衛しない一方で、外国人を含むイスラーム過激派戦闘員に役職や権益を配分するための機関と化すならば、暫定政権の当事者能力のなさを口実としたイスラエルを含む諸外国による侵攻・占領・干渉が固定化するだろう。

(協力研究員 髙岡 豊)

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