№127 シリア:国民対話への準備
暫定政権は、「国民対話」を実施する準備に着手した。12日、アフマド・シャラ(アブー・ムハンマド・ジャウラーニー)大統領は7人の委員からなる準備委員会を編成した。また、同大統領はアレッポ県アフリーン、ラタキア県、タルトゥース県を訪問し、現地の指導者らと会見した。国民対話準備委員会も、16日にホムスで第1回会合を開催した。
準備委員会の委員は以下の通り。
*ハサン・ダギーム:イドリブ県出身。ダマスカス大学イスラーム学部卒。国民軍(注:イドリブ県での権益争いでシャーム解放機構(旧称ヌスラ戦線。シリアのアル=カーイダ)に敗北した諸派が、トルコの占領地でトルコ軍の配下として再編された民兵を指すと思われる)幹部。
*マーヒル・アルーシュ:ダマスカス県出身。移行期正義などの問題についての研究者。2021年にシャーム自由人運動(注:アル=カーイダの古参の活動家らが中心となって結成されたイスラーム過激派武装勢力)の内紛調停などで活動した。
*ムスタファー・ムーサー:イドリブ県出身。シャーム解放機構に極めて近い。イドリブ県で設置されていた議会の議員・議長を務めた。
*ユースフ・シャヒール:ダイル・ザウル市出身。シャーム解放機構の政治局長。
*ムハンマド・ムスタト:アレッポ市出身。シャーム軍団(注:ムスリム同胞団に近いイスラーム過激派武装勢力。シャーム解放機構に従属していた。)
*フダー・アターシー:女性。ホムス県出身。2012年に国外の逃亡し、シリアの人道分野での慈善活動に従事した。
*ヒンド・カブワート:女性。ダラア県出身。市民社会活動家。かつての「反体制派」の交渉委員会の委員。
準備委員会は、カブワート委員がキリスト教徒とされている以外は皆スンナ派の模様だ。また、対話会合には政党・政治潮流・各種団体は参加できず、会合は「個人」が意見を表明する場となった。このような状況について、『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)、『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)は、かつての「反体制派」の活動家らへの取材を基に、(宗教・社会的に保守的な)「単一色」、「政治的多様性の欠如」との記事を掲載した。
評価
国民対話準備委員会の委員は、シャーム解放機構をはじめとするイスラーム過激派諸派の近い人物が過半数を占めている。委員には、女性2人が選任されたほか、キリスト教徒も含まれているが、委員会全体の人選を見る限り対外的な「多様性のアピール」に終わる可能性も否定できない。また、ここまでの政治・対話の過程では、シリア北東部を占拠するクルド民族主義勢力が参加していないことなどの民族、宗教・宗派集団への「包摂」の程度が注目されているが、それにとどまらず、シリア愛国主義、アラブ民族主義、リベラル、自由主義、左翼などシリア社会の多様な政治的志向への配慮が乏しいことも委員会の人選の特徴といえる。もっとも、様々な思想・信条を持つ知識人や市民社会活動家による「反体制」運動は、支持基盤を欠いたうえ大同団結にも失敗したため、シリア紛争の初期の段階でイスラーム過激派に「反体制派」の主力の座を奪われていた。このため、現時点では暫定政権との対話や新体制への参加を志向している個人や団体の中には、対話の過程で自らの存在が一顧だにされないことに不満を募らせて離脱やボイコットへと走るものが出ることも予想される。民族、宗教・宗派的な多数/少数が政治的な多数/少数と常に一致するわけではないので、民族、宗教・宗派などの諸集団が社会に占める比率に沿った政治的権益の配分に固執することが、国家と社会の一体性や政治的多数派の形成を阻害することに留意すべきだ。
(協力研究員 髙岡 豊)
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