№117 レバノン:イスラエル軍の撤退期限を延長
2025年1月26日、イスラエルとレバノンとの間の停戦合意(2024年11月27日発効)で定められた60日の実行期限が満了した。この間、イスラエル軍は2024年10月以降に占領したレバノン領から撤退し、両国の境界地帯を含むレバノン南部にはレバノン軍が展開する予定だった。また、レバノン軍の展開に伴い、ヒズブッラーがリタニ川以北へ退去することなども合意に含まれていた。しかし、この間もイスラエルによるレバノンへの攻撃は連日続いたうえ、諸集落の多くからの撤退も実現しなかった。これを受けて、アメリカ政府は停戦期限を2025年2月18日まで延長すると発表した。南レバノンでは、当初の期間満了日である1月26日に各集落でイスラエル軍による帰宅禁止命令を拒んで集落に戻ろうとする住民らに対するイスラエル軍からの攻撃が相次ぎ、26日にはおよそ20カ所で22人が死亡、124人が負傷した。また、同日には、イスラエル軍の攻撃によりレバノン兵1人が死亡する事件も発生している。27日にも同様の事件が発生し、レバノンの保健省によると2人が死亡した。なお、ヒズブッラーは27日にカーシム書記長が撤退期限の延長は認めないと表明しているが、本校執筆時点で同党による具体的な行動は見られない。
評価
レバノンでは、9日にレバノン軍のジョゼフ・アウン司令官を新大統領に選出、12日にアウン大統領が国際司法裁判所のナッワーフ・サラーム裁判長を次期首相に指名し、2020年夏以来の政治的空白を解消する流れが強まっている。しかも、大統領選出と次期首相の指名は、いずれもヒズブッラー、アマルからなるシーア派2党派の連合の意向に反するものとみられており、これはイスラエルからの攻撃によって被った物理的な損害と、2024年12月のシリアのアサド政権崩壊に伴う「抵抗の枢軸」陣営の実質的な崩壊により、ヒズブッラーが窮地に立たされている証左と考えられた。アウン大統領らには、アメリカ、フランス、サウジ、カタルなどの支援を受け、ヒズブッラーを含むレバノンの反イスラエル武装抵抗運動を一掃することが期待されている。そうした中で、当初の停戦合意の期間内にイスラエル軍の撤退が達成できなかったことは、上記の期待がそう簡単には実現しないことを示すものだ。
諸外国によるレバノン軍への支援は、レバノン軍をイスラエルによる脅威や占領を抑止・排除可能なものに育成することを全く意図していない。しかも、イスラエル軍は、レバノン領内の要衝5カ所を長期間占拠する方針であるともされている。つまり、西側諸国に親和的なレバノン政府・軍を樹立したとしても、レバノンの安全や権益が脅かされ続けることには変わりがなく、こうした状況は、ヒズブッラーなどの対イスラエル抵抗運動の動機付けを強めるとともに、レバノン軍が同党の武装解除や南レバノンへ展開することへの誘因を低下させるだろう。
(協力研究員 髙岡 豊)
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