№116 イラン:イラン・ロシア包括的戦略パートナーシップ条約の締結とその影響
- 2025イラン湾岸・アラビア半島地域
- 公開日:2025/01/20
2025年1月17日、イラン・ロシア包括的戦略パートナーシップ条約が締結された。今次条約は、モスクワで行われたペゼシュキヤーン大統領とプーチン大統領との会談後に署名された。ペゼシュキヤーン大統領は、同協定は二国間関係に新しい章を開くものだと発言した。一方のプーチン大統領は、ロシア、イラン、及び、ユーラシア地域全体における安定と持続可能な開発のための条件を整備するものだと述べた。
イラン政府が公開した17日付条約全文によると、同条約は、前文、及び、47条項から構成される20年間有効な合意文書で、軍事・安全保障、政治、司法、経済・貿易、エネルギー、技術協力、原子力協力、環境、カスピ海における協力、マネーロンダリング対策、保健、教育等々、非常に広範な領域にまたがる包括的な合意である。同条約の内、今後の地域・国際情勢を見通す上で特に重要と考えられる、軍事・安全保障、中東・周辺地域における関係強化、経済制裁への対処、輸送回廊協力、原子力協力の分野に関する要旨抜粋は以下の通りである。
●前文(目的):イランとロシアは、国家主権の平等、誠実な協力、相互利益に対する尊重、国際的課題への共同解決、文化・文明的多様性、国連憲章に基づく国際法支配等の理念に基づき、公正で持続可能な新しい多極的世界秩序を希求しつつ、以下の諸事項に合意する。
●第1条(範囲):両締結国は、相互利益のある全ての分野において関係を深化・拡大させ、安全保障・防衛分野での協力を強化し、包括的、長期的、及び戦略的パートナーシップに基づき地域・グローバルレベルで諸活動を緊密に調整する。
●第3条(有事の対応):いずれかの締結国が攻撃を受けた場合、もう一方の締結国は、攻撃を仕掛けた国(the aggressor)に対して、如何なる軍事的及びその他の支援を提供しない。また、もう一方の締結国は、持ち上がった争点が、国連憲章、及び、その他の国際法規の適用によって解決されるよう支援する。両締結国は、互いの領土が、分離運動、及び、その他の安定や領土一体性を脅かす活動を支援する目的で使用されることを許可してはならない。
●第4条(情報協力):両締結国の情報・安全保障機関は、国家安全保障を強化し、共通の脅威に対峙するため、情報及び経験の交換を行う。
●第5条(軍事協力):両締結国は、関係機関間での軍事協力の発展に向けて、「軍事協力に関するワーキング・グループ」を立ち上げ、その枠組で準備・履行を行う。軍事協力には、軍隊・専門家の交流、軍艦の寄港、軍事要員の訓練、幹部交流、国際防衛展示会への出店、共同スポーツ大会の開催等への参加等、多岐にわたる項目が含まれる。
●第12条(地域協力):両締結国は、カスピ海地域、中央アジア、トランスコーカサス、中東における平和と安定を促進し、同地域における第三国による干渉や不安定化活動を阻止する。
●第19条(経済制裁への対処):両締結国は、一方的な威圧的措置の適用に対し、危険因子の低減、直接・間接的なインパクトの排除等に向けて共同で対抗する。
●第21条(輸送回廊):両締結国は、輸送の領域において緊密に協力する。両締結国は、ロシアとイランの領土を通過する国際輸送回廊、特に国際南北輸送回廊(INSTC: the North-South International Transport Corridor)の開発で協力する。
●第22条(石油・ガス):両締結国は、公平と相互の利益を念頭に、石油・ガスセクターでの関係を拡大し、エネルギー安全保障の確保に向けた諸措置を講じる。
●第23条(原子力):両締結国は、原子力エネルギー施設の建設を含め、原子力エネルギーの平和的利用の領域における合同事業の実施に向けて、長期的かつ相互が裨益する関係の発展を促進する。
評価
イラン・ロシア両国は、2001年に二国間協力協定を締結し、同協定は延長を経て20年間有効であった。ジャラーリー駐ロシア・イラン大使によれば、同協定は2021年に一度失効したものの、5年間の自動延長が合意されたことから、理論上は2026年まで有効だった。しかし、今日の密接な二国間関係を充分反映したものではないことから、長い準備を得て締結に至ったものである。意図をもってのことかは不明だが、1月20日のトランプ米大統領の就任3日前に締結されたことから、イランとロシアの接近を広く印象付ける効果を持った。
ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月)以降、欧米では、中国、ロシア、イラン、北朝鮮の接近を警戒する論調が高まっており、これら4カ国の頭文字を取りCRINKと括ったり、台頭する枢軸(the Rising Axis)、あるいは、動乱の枢軸(the Axis of Upheaval)等と呼称したりする風潮がみられる。今次の条約締結をこの一環として捉えることも可能であるが、一方でロシア・北朝鮮間の包括的戦略パートナーシップ条約とは異なる箇所もある点に留意が要る。
ロシア・北朝鮮包括的戦略パートナーシップ条約は、いずれかの締結国が戦争状態となった場合、もう一方の締結国は即座に可能な全ての軍事的及びその他の支援を提供すると謳っている、と報道された。一方で、今次条約の第3条は、「いずれかの締結国が攻撃を受けた場合、もう一方の締結国は、攻撃を仕掛けた国(the aggressor)に対して、如何なる軍事的及びその他の支援を提供しない」と述べるに留めている。この点は北朝鮮のケースと大きく異なる点である。少なくとも条文を解釈する限り、イランがロシアを援護するために軍事要員を派遣するといった事態は想定されないといえる。但し、欧米諸国は、イランがロシアにドローンや弾道ミサイルを水面下で供与していると疑っている現状から見て、今次条約締結を以てイラン・ロシア間の軍事協力が変化しないと考えるのは早計であろう。
実際、イラン・ロシア関係においては、貿易量の拡大、自国通貨決済の促進、INSTCの整備、天然ガススワップ取引、観光客の増加等の多分野での関係強化が見られることから、これら分野での関係の進展は充分見込まれる。例えば、イランのファルジーン中央銀行総裁は17日、自国通貨(リヤルとルーブル)で決済が可能である、ロシアの決済システム「ミール」とイランの銀行ネットワーク「シェターブ」が接続された、と発表した。また、INSTCがフル稼働すれば、ロシアはイランを経由してインド洋につながることができる。この点は、欧米諸国からの一方的な経済制裁の迂回に一役買うだろう。また、今次締結によって、ロシアによるイランでの原子力発電所の建設に向けた環境整備が進む可能性もある。
全体として、今次条約は軍事同盟ではないが、それでも現行の欧米主導の国際秩序に異議を唱える二国間の関係の発展に大きく寄与する合意であることから、その影響を過小評価することは難しい。
【参考】
・「イラン:米大統領選挙結果を受けた反応」『中東かわら版』No.92。
(研究主幹 青木 健太)
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