№111 シリア:キリスト教徒人口の著しい減少
シリアでの「政治的移行」に関し、G7諸国などから支援や承認の前提として「少数派」の権利尊重が求められている。キリスト教徒やキリスト教の信仰と結びついた諸民族もこれらの「少数派」に含まれると思われるが、2024年12月8日以降、外国人のイスラーム過激派戦闘員によるとみられるクリスマスツリーへの放火事件や、司教座への襲撃事件も相次いでおり、キリスト教徒の安寧も社会問題となっている。この問題について、2024年12月20日付『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)はシリアのキリスト教徒の人口が既に著しく減少しているとして要旨以下の通り報じた。
*2011年のシリア紛争勃発の時点で、シリア人口は2400万人と推定されていた。教会筋によると、キリスト教徒の人口はこのうち約250万人で、10%強を占めると考えられていた。彼らは長期間にわたり、特段の脅威にさらされることもなく、ダマスカス、アレッポ、ホムスなどの主要都市とジャジーラ地域に居住していた。
*しかし、シリア紛争の結果、シリアに居住するキリスト教徒の割合は全人口の1~2%の60万人程度に減少したとの推計がある。アレッポ市はかつて中東で3番目にキリスト教徒人口が多く、2011年の時点で50万人が居住していたと考えられていたが、現在はアルメニア人を含めても2万7000人程度しかキリスト教徒の住民がいない。
*シリアからのキリスト教徒の流出には、2012~2014年、2015~2017年の戦闘が激化した期間と、2020年からの経済封鎖による困窮が進んだ期間の3つの波がある。人口流出の原因と波は、非キリスト教徒のシリア人の海外流出と同様だ。
*カトリック系の慈善団体は、シリアのキリスト教徒人口が30万人程度に減少したと推定している。この数値は『ナハール』紙が取材した複数の教会が不正確であると否定しているものだが、諸教会は、現在シリアに残留しているキリスト教徒を脅して中東からキリスト教徒を追い出そうとする外部の諸組織が活動している点を強調した。
評価
諸宗教、諸文明の揺籃の地というのはシリアを称える典型的な表現の一つであるが、シリア国内の各所にはキリスト教とそれに結び付いた諸民族、諸文明の重要施設や史跡が多数ある。施設や史跡の多くは現在も実用に供されているものであり、シリアでのキリスト教徒の存在や彼らの活動は、単なる歴史的事実にとどまらない現代的な意味を持つ。また、キリスト教の諸宗派の信徒の一部は、特定の産業や経済活動と結びつき、シリア社会に不可欠な技術や資本の持ち主ともなっている。そのため、これまでシリアのキリスト教徒は全般的に(宗教・宗派ごとの)人口比率よりも社会・経済面での存在感が大きく、人民議会での議員の輩出の数・比率についても、(宗教・宗派ごとの)人口比よりも大きい可能性があった。
今般の政変により、シリアでの「少数派」の安全が懸念されているが、今後の新体制作りで(宗教・宗派ごとの)人口比率を重視した政治的権限の配分が基幹となるようならば、(宗派的な)「多数派」を嵩に着た「少数派」の劣等市民化が進むことや、宗教・宗派の違いに沿った亀裂が拡大することが予想され、キリスト教徒のさらなる流出が進む恐れがある。また、現時点でもダマスカス大学のキャンパス内でのスンナ派信徒による集団礼拝が公然と行われたり、外出の際に(本来キリスト教徒にはその必要がない)ヒジャーブ着用が強要されたりするなど、「少数派」の尊重とは相いれない社会的圧力が上昇している模様である。
シリア紛争では、アレッポを中心に「反体制派」の主力であるイスラーム過激派諸派や、それを騙る犯罪集団によるキリスト教徒に対する身代金目当ての誘拐が横行していた時期がありこれが上述の人口流出の波の一因となっている。また、経済的困窮についても短期間で解消する見通しが立たないことから、紛争中に国外に脱出したもの、特にキリスト教徒の帰還は容易ではないだろう。(宗教・宗派的な)「多数派/少数派」と政治的な「多数派/少数派」は必ず一致しなくてはならないというものではなく、本来は「新体制樹立への希望に満ちたシリア人」として皆が「多数派」として未来へ踏み出すことが期待されるべきところだろう。しかし、この種の人口比率が話題となることは、新体制で宗教・宗派集団が権益配分の単位となることが半ば前提と化していることを示している。こうした状況では、個々の宗教・宗派集団が自らの人口比を過大に主張したり、特定の集団の人口比や居住地を変更させるための暴力が常態化することに備えなくてはならないだろう。
(協力研究員 髙岡 豊)
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