№109 イラン:ハーメネイー最高指導者のシリアを巡る発言
- 2024イラン湾岸・アラビア半島地域シリア
- 公開日:2024/12/18
2024年12月11日、ハーメネイー最高指導者は、シリア情勢を巡る発言を行った。これは、12月8日のシリア政権崩壊後、同指導者がシリアに関し行った初の言及であり、その内容が注目された。同指導者の発言概要は以下の通りである。
*シリアで発生した出来事は、アメリカ人とシオニストらによる共同計画の産物で、圧力と犯罪行為に対抗して、神の力をもって抵抗の範囲は更なる強固さと活力を持って広がるだろう。
*シリアの隣国の中の一つもまた役割を果たした。しかし、主要な陰謀者、設計者、真の指令室はアメリカとシオニスト政体(注:イスラエル)である。
*なぜ、シオニスト政体はシリア領内の300カ所以上の拠点を爆撃したのか?アメリカも、シリア領内の75カ所を爆撃した(原文ママ)。また、シオニスト政体はシリアの領土の一部を占領した他、戦車がダマスカス近郊まで押し寄せた。アメリカやヨーロッパやその他の政府は、世界の他の国でこうした出来事が起これば繊細に対応する。1メートル、10メートルにもこだわる。しかし、本件に関しては、何ら抗議せず、沈黙し、手助けしている。
また、同指導者は17日にもファーティマ(預言者ムハンマドの娘)の生誕祭を前に控えた演説で、「抵抗は終わったと、(敵は)考えるかもしれない。しかし、その考えは完全に誤りである。セイエド・ハッサン・ナスルッラー、シンワールの精神は生きている」と発言し、抵抗は続くとの意思を示した。
評価
イランにとってシリアは、自国に危害を加え得る「イスラーム国」への対策、パレスチナ諸勢力やレバノンのヒズブッラーへの兵站供給路等として、重要な戦略的意味を持つ国である。そもそも、孤立無援だったイラン・イラク戦争期(1980~88年)、ほぼ全てのアラブ諸国がイラク支持だったのに対し、当時イラク・シリア関係が悪かったこと等から、シリアはイランを支援した歴史的経緯もある。このため、2011年以来、イランは革命防衛隊ゴドス部隊を中心としてアサド政権維持のためあらゆる手段を講じてきた。しかし、2023年10月7日に勃発したガザ危機を受けて、イスラエル軍によるハマースとヒズブッラーに対する激しい攻撃で、イランが支援するこれらの非国家主体は弱体化した。
2024年4月1日には、ダマスカスにあるイラン大使館が空爆され革命防衛隊准将ら7人が殺害された(注:イスラエルは関与を言明せず)。イランは要員の身の安全を確保できなくなったことから、その一部をシリアから退避させるなど、同国でのプレゼンスを低下させていた。2011年頃からアサド政権死守の姿勢を維持していたものの、2020年前後から戦況が膠着し、更にガザ危機を受けて要員が一時退避する中で隙が生まれていたといえる。更には、2020年1月、米軍は、イランのシリア方面でのプレゼンス向上の立役者であったソレイマーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官を爆殺していたことも、中期的視点から見れば、イランの地域での影響力を削ぐ一打となったと評価できる。つまり、イランは、アメリカ・イスラエルの共同作戦によって押し込められたと認識しているものと考えられる。今般のシリア政権崩壊によって、イランはシリアへの多大な投資を失った形である。公式なデータはないものの、イランは2011年以降、アサド政権維持のために300~500億ドルを費やしたとの試算がある。
パレスチナ、レバノン、シリアで足場を失いつつある状況下で、今後イランとしては、イラク、イエメンにおける非国家主体との関係維持・強化を図りつつ、特にシリアでは次期政権を担う諸勢力との新たな関係構築に尽力することになる。
そうした中、イランが隣国の一つを非難した点が注目される。イランがアメリカ・イスラエルを非難することは平常運転ともいえるが、その他の国を挙げることは多くない。上述の背景からイランがレバノン、イラクを敵視することはあり得ず、イスラエルは別で名前が出されている。従って、ここでの「シリアの隣国の中の一つ」とは、名指しこそされていないもののトルコを指すと考える以外にない。イランの観点からすれば、トルコが軍事プレゼンスを有するシリア北部で、シャーム解放機構を始めとする政権奪取した諸勢力の活動を黙認、あるいは、水面下で支援していたことになり、イランに甚大な戦略的損失を負わせた黒幕という見方となる。今回、ハーメネイー最高指導者が暗にトルコを非難した点は、将来のイラン・トルコ関係を悪化させる大きな要素になると考えられる。
【参考】
・「イラン:シリアにおける戦闘再燃への対応」『中東かわら版』No.103。
(研究主幹 青木 健太)
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