№108 シリア: 引き裂かれるシリア
2024年12月13日にシャーム解放機構(旧称:ヌスラ戦線。シリアのアル=カーイダ)の首領アブー・ムハンマド・ジャウラーニー(本名:アフマド・シャラ)の呼びかけにより、シリア各所で「勝利の金曜日」と題するデモが行われ、数十万人が「革命成就」を祝うデモを行った。その間もイスラエル軍によるシリア各所への爆撃は継続し、16日にはタルトゥース県に対し、イスラエルによるシリアへの攻撃が常態化した2012年以来最大とも称される爆撃があった。この攻撃により、民間人36人が負傷したとの情報がある。シリア暫定政府(注:報道のママ。現在ダマスカスに拠るものを指すのか、トルコで活動する「シリア国民連合」の下のものを指すのか不明)が安保理にイスラエルによる攻撃停止、ゴラン高原の兵力引き離し地帯を侵害して占拠したシリア領からの撤退を求める書簡を提出したものの効果はなく、イスラエル軍による占領地はゴラン高原やレバノンとの国境地帯だけでなくダラア県へと拡大した。
クルド民族主義勢力を主力とするシリア民主軍は、アメリカを仲介としてトルコ軍とその配下の民兵(シリア国民軍)との全面的な停戦を図ったが、これは失敗した模様である。シリア民主軍は占拠地域の公共施設に「独立の旗」(注:反体制派が使用してきた「革命」の旗。フランスによる植民地統治期に制定されたもので、1946年のシリア共和国独立の際の国旗)を掲揚すると発表するなど、占拠地、特にユーフラテス川左岸を可能な限り維持して政治過程に参入することを目指している。これに対し、トルコ軍とシリア国民軍はユーフラテス川左岸のアレッポ県アイン・アラブ市への攻撃を始めた模様であり、シリア領内での占領地の拡大を続けている。
図:2024年12月17日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)
評価
シリア領内では、上で挙げたイスラエル軍、トルコ軍に加え、アメリカ軍も行動の自由を得ており、これを阻んだり掣肘したりする意志と能力のある主体はシリアには存在しない。こうした中、ジャウラーニーは国連のペテルセン特使らの外交団やレバノンのジュンブラート元進歩社会党党首らとの接触を繰り返し、「国家元首」としての振る舞いを活発化させた。そうした行動の中で、ジャウラーニーはシリア領をイスラエルへの攻撃に使用させないと表明した。これは、イスラーム過激派による権力奪取を承認する代わりにそれを「抵抗の枢軸」陣営などを制圧する地元の兵力として起用するという、外交・安全保障上の実験の中で、イスラーム過激派側に対する「踏み絵」ともいえる儀式ともいえる。こうした態度に、シャーム解放機構の勝利を「祝福」したアル=カーイダ諸派や、広報場裏ではアメリカ・ユダヤへの敵対的言辞を弄し続ける「イスラーム国」がどのように反応するかは、今後のイスラーム過激派の伸長を予見する上で重要な指標となるだろう。
トルコ軍・シリア国民軍とシリア民主軍との攻防の焦点となっているアレッポ県アイン・アラブについては、同市とラッカ県中部でトルコ軍が2020年初頭に占領した地域との接点に位置するアイン・イーサーにアメリカ軍の車列が入ったとの情報もある。この地域での戦闘の行方と、シリア民主軍による占拠地域の維持は、アメリカとトルコとの交渉や取引にかかっているといえる。
14日には、ラタキア県でシャーム解放機構に従属して活動していたイスラーム主義武装勢力「シャーム軍団」の要員が待ち伏せ攻撃を受けて多数が死傷する事件が発生した。「旧政権の残党による破壊行為」やイスラーム過激派諸派とシリア各地の地域社会との摩擦の有無を観察する上で、こうした事件は重視すべきであるが背景やその後の展開についての情報は乏しい。
現在シリアでは、ダマスカス北方で「少なくとも10万人」が埋葬されているともいわれる集団墓地の発見や、かつての政治犯刑務所・収容施設の内情の暴露、行方不明者の発見に焦点が当たっている。その中で、シリアでの領域や軍事・経済上の重要施設や拠点の処遇は専らシリア領内での行動の自由を得た諸国・軍に委ねられている模様だ。「シリアの主権、領域の統一と安寧を尊重する」との言辞は、シリア紛争勃発以来の各種国際会議・決議・声明で繰り返されている。しかし、現時点でこれは空文化し、シリア国外の当事者の利害に沿ってシリアの領域と諸権益が分割・解体されている。
(協力研究員 髙岡 豊)
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