中東かわら版

№107 シリア:各勢力間の争奪が加速

 紛争当事者・当事国によるシリア領内での軍事行動が活発化した。イスラエル軍はシリア領全域を爆撃・攻撃し、シリア軍が残置した「戦略的軍事力」の大半を破壊した。また、兵力引き離し地帯を越えてダマスカス市南西25kmの地点まで進攻したとの情報があるが、イスラエル軍はこれを否定した。イスラエルの軍事行動に対し、シャーム解放機構やその支持者、同派の制圧下に入った報道機関は全く反応をしていない。シャーム解放機構首領のアブー・ムハンマド・ジャウラーニー(本名:アフマド・シャラ)は、イギリスの報道機関に対し「シリアは他の戦争に加わらない」と表明した。

 トルコ軍と配下の民兵(シリア民主軍)は、アレッポ県マンビジュ郡からのクルド民族主義勢力の排除を図り、アメリカ軍の仲介による停戦で目的を達成する見通しとなった。また、クルド民族主義勢力が占拠していたダイル・ザウル県ダイル・ザウル市を地元のアラブの民兵が制圧し、クルド民族主義勢力は同市や隣接するダイル・ザウル空港からユーフラテス川左岸へと退去した模様である。クルド民族主義勢力の退避の後、イスラエル軍がダイル・ザウル空港を爆撃・破壊した。

評価

 アサド政権の崩壊を受け、各勢力が占拠地域の維持・拡大を図って交戦した。ダイル・ザウル市のアラブ民兵は、もともとはクルド民族主義勢力傘下のダイル・ザウル軍事評議会の者たちともいわれており、彼らがシャーム解放機構側に鞍替えしてクルド民族主義勢力との交戦に及んだともいわれている。これは、クルド民族主義勢力が主導するシリア民主軍の占拠地域に多数居住するアラブの住民が、クルド民族主義勢力の政治目標やクルド人の民族的権利の擁護・拡大に対し、支持も共感もしていないとの社会情勢に起因すると思われる。ただし、ダイル・ザウル県マヤーディーン市、アブー・カマール市の状況は現時点で不明だが、こちらについてはクルド民族主義勢力を支援するアメリカにとってもイラン・イラク方面からの陸路を制圧するという意味で重要拠点であるため、クルド民族主義勢力と対立する諸派がこれらの占拠を望んだ場合はアメリカ軍の意向にかなう形となる必要があろう。また、トルコ軍配下のシリア国民軍がマンビジュ郡からのクルド民族主義勢力の排除に成功した模様であるが、同派の動きもクルド民族主義勢力の伸長を阻もうとするものといえる。

 クルド民族主義勢力は、いずれの地域でも戦闘の拡大を避けて停戦・退去を選択したが、これは今後の政治過程への参入を円滑化することを意図したものである。しかし、シャーム解放機構は配下の「シリア救済政府」の首相であるムハンマド・バシールを暫定政権の首班に指名した。この決定は、クルド民族主義勢力、シリア国民軍、その他在外の「反体制派」政治組織・活動家との協議や彼らからの同意を受けたものではない。政治的志向や思想・信条が理由で、シャーム解放機構、クルド民族主義勢力、シリア国民軍、その他の政治組織・活動家の相互の相性は極めて悪いため、今後包摂的な移行過程や新体制を達成することは難しいと思われる。当座は首都ダマスカスを制圧したシャーム解放機構が「現場での勝利」を背景に独断的に移行過程を進めることになろうが、その途上で戦略的要衝や権益を争って諸勢力との戦闘がおこることも予想される。

 シャーム解放機構首領のジャウラーニーがシリアは別の戦争に関わらないと表明したことは、地域・国際的な紛争で駒のような扱いを受けてきたシリア紛争とその諸当事者の対立に疲弊した世論に配慮したかのような装いではある。しかし、ジャウラーニーらはイスラエルによる例のない大規模攻撃でシリアの空軍力、海軍力、防空力が一掃されることについて何ら反応を示しておらず、同人の「シリアは戦争しない」との発言はイスラエルの行動の自由を認めたものとも解される。

(協力研究員 髙岡 豊)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP