中東かわら版

№106 シリア: シャーム解放機構のダマスカス制圧後の情勢

 2024年11月27日にシャーム解放機構(旧称:ヌスラ戦線。シリアのアル=カーイダ)などが「侵略抑止」攻勢を実施して以降、シリア政府軍は急速に崩壊・敗走し、12月8日にはアサド大統領らがダマスカスを脱出し、それを受けてシャーム解放機構が率いるイスラーム過激派諸派が「反体制派」を称してダマスカスを制圧した。残されたシリア政府が、行政サービスの提供継続とシャーム解放機構と協議の上での権限の移譲を行うとともに、政府軍の武装解除、徴兵された兵士を対象とするシャーム解放機構による「恩赦」の布告など平和裏の「新政府」発足を目指す動きが進んでいる。シリアの議会、省庁、教育機関、地方自治体なども、おおむねこの動きに同調している。

 クルド民族主義勢力は、政府軍の撤収・消滅を受け、ダイル・ザウル市、アブー・カマール市を含むユーフラテス川右岸を制圧した。クルド民族主義勢力の動きに対し、トルコ軍とその配下の民兵(シリア国民軍)は、クルド民族主義勢力の排除を目指してアレッポ県マンビジュ郡に侵攻し、両者が交戦している。一方、シリア領に駐留しているアメリカ軍は、8日に「イスラーム国」の拠点75カ所以上を爆撃したと発表、今後も「イスラーム国」対策のためシリアに留まる方針を発表した。イスラエル軍は、8日、9日にシリア領内の広範囲で軍事施設や武器庫、研究機関を爆撃し、イスラエルが危険視する兵器・施設を破壊するためのシリア領への攻撃を拡大した。また、ゴラン高原に設置されていたイスラエル・シリア間の兵力引き離し地帯を占領した。

評価

 シリア紛争を通じ各種国際会合などで繰り返し強調されてきた「シリアの主権、領土の統一と安寧」との文言は完全に空文化し、当事国はシリア領をほしいままに攻撃・占拠して自らに有利な既成事実を確立しようと努めている。特に、「抵抗の枢軸」陣営にとってイラン・イラク・レバノンを陸路で結ぶための要衝だったシリアから、同陣営を排除するための軍事行動が進んでいる。シャーム解放機構をはじめとするイスラーム過激派諸派は、シリア領を蚕食するトルコ、アメリカ、イスラエルによる直接・間接の支援や、活動の黙認・放任によって現在の成功を達成しているため、今後どのような事態に至ったとしても、シリア領の占領やこれへの攻撃について対抗措置をとることも、抗議や非難の声を上げることもないだろう。また、現在の各当事者の軍事行動は「抵抗の枢軸」陣営とアメリカ・イスラエルとの対決、ウクライナ紛争を視野に入れた広域的な国際対立・紛争の枠内で進行しているため、各国が弄する外交的な修辞とは逆に、シリアに対する占領・攻撃・干渉が解消する見通しは、中長期的にも絶望的である。

 2011年以来続いたシリア紛争は、最近の急速な展開によって「悪の独裁者の排除」という物語としては「革命成就」として幕切れになったかのように見える。しかし、シリア領内は思想・信条・政治的志向が全く相いれない諸勢力によって分割され、それらが各々異なる外交・安全保障政策を持つ支援国の干渉を招き入れ続けることが確実な状況となった。「革命成就」の結果、国際関係、地域の安全保障の当事者としてのシリア・アラブ共和国は消滅したといってよい。

 内政面での展望としては、シャーム解放機構や同派が管理する外国起源のイスラーム過激派の多くは、国連などによりテロ組織に指定されており、これらが直接参加する政権が作られることは考えられない。このため、2015年以降にイドリブ県などでシャーム解放機構が実践してきたような、行政サービスや対外的な発信を担うフロント機構としての「政府」が整備され、イスラーム過激派諸派がこれを支配・統制する体制が取られることが予想される。諸外国はシリアの復興を支援する意向を表明しているが、それを実行する際にはイスラーム過激派が支配する機関や団体に資源を供給するという、「テロ」対策と矛盾する現実に対処しなくてはならない。現時点では、シャーム解放機構らはシリア社会の多様性や女性の権利の擁護の面で「寛容な」態度をとっている。また、シリア人民も「革命成就」を喜ぶとともに、「新しい支配者」と良好な関係を築くためにイスラーム過激派に迎合的な態度をとっている。しかし、「革命成就」により燃料・食料・電力などの供給が直ちに改善するわけはなく、今後さらなる経済危機や社会不安が発生するようならば、両者の関係は短期間のうちに破綻することもありうる。

(協力研究員 髙岡 豊)

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