№103 イラン:シリアにおける戦闘再燃への対応
- 2024イラン湾岸・アラビア半島地域シリア
- 公開日:2024/12/03
2024年11月27日、シリア北部アレッポ県がシャーム解放機構による大規模攻勢で占拠されたことを受けて、イランは以下のような様々な対応を講じた。
まず、アラーグチー外相はシリア及びトルコを訪問し、シリアでアサド大統領と会談(12月1日)した他、トルコでフィダン外相と会談(12月2日)し同問題への対応を協議した。イラン外務省は、同外相がアサド大統領との会談において、イランはテロとの戦い、及び、地域の安全と安定を守るため、シリア政府・人民・軍隊に対して包括的な支援を行うと発言したと発表した。この他、同外相は11月28~30日にかけて、レバノン、シリア、ロシアの外相らとも個別に電話会談し、緊密な協力を確認した。
並行して、ペゼシュキヤーン大統領は12月1~2日にかけて、シリアのアサド大統領、イラクのスーダーニー首相、ロシアのプーチン大統領、カタルのタミーム首長と各々電話会談した。同大統領はプーチン大統領との電話会談において、レバノンでの一時停戦合意によって地域の安定化が期待されたが、シリア北部においてシオニスト政体(イスラエル)の支援を受けるテロ組織が地域情勢を緊迫させたと述べた。また、同大統領は、イランはシリアへの協力に関してロシアと協力する用意があると発言し、シリア政府への確固たる支援の立場を示した。
軍事面に関し、12月2日付『ロイター通信』は、匿名のイラク治安関係者を引用しつつ、イランの支援を受けるイラクの民兵諸派数百人が、シリア政府を援助するためシリア領内に越境移動したと伝えた。現時点において、革命防衛隊は本件に関する立場を表明していない。一方、12月2日付『ヌール・ニュース』(国家最高安全保障評議会系)は、シリアは西アジアにおける政治・治安・軍事展開における地政学的重要性から域内の力学に多大なる影響を及ぼす国だとした上で、シリア北部でのシャーム解放機構による大規模攻勢は、地域の不安定化から利益を得たい地域内外の主体によって事前に企図されたものである、長年米国はこれらのテロ組織を支援してきた、地域諸国は短期的利益を考えるのではなく、シリアの平和と安定の構築、並びに、テロの再興を防ぐため、シリアを断固支援するべきだとの論説を掲載した。
評価
イランにとってシリアは、抑圧者と見做す米国及びイスラエルに対する前方抑止の前線基地として、戦略的重要性を有する国である。特にシリアは、革命防衛隊が長年育成してきたレバノンのヒズブッラーに対する武器・物資の供給経路としての役割を有している。また、シリアにおける「イスラーム国」を始めとするテロ組織の台頭は、イランの安全保障にとって大きな脅威である。これらの背景から、イランはシリア紛争が勃発して以降、アサド政権の維持を重視し、革命防衛隊ゴドス部隊を通じて親イラン民兵を支援する対応を講じてきた。シリアにおける12イマーム・シーア派信徒は人口の2%にも満たないことから、この過程では近隣のイラク、アフガニスタン、パキスタン等からもシーア派信徒が動員された。言い換えれば、イランにとってシリアは、自国から遠いところでイスラエルからの脅威を前方抑止する機能を果たしており、イランの「戦略的縦深性」確保の上で極めて重要だということである。
今回のシリアでの戦闘再燃への対応を見ても、イランは軍事・外交的手段を織り交ぜながら、アサド政権を死守しようとの姿勢が看取される。革命防衛隊は公に立場を示していないが、対外的な情報工作を担う同隊ゴドス部隊が親イラン民兵を動員して対応に当たらせている可能性がある。また、イラン発の報道や政府高官の発言を見る限り、イスラエルによる昨年10月来の攻撃でハマースとヒズブッラーの能力が削ぎ落される状況下、戦略的要衝シリアでの影響力を拡大させたい米国・イスラエルが間隙を縫うように暗躍していると見ているようである。
こうした中、アサド政権への支持を示すイランとロシアが、同政権に多大な軍事的支援が行えるかというとそうとも言い切れない状況もある。現在、ロシアはウクライナとの戦争を遂行中であり、シリア方面に多くの軍事資源を振り向けられない。また、イランは「戦略的縦深性」を維持し続けたいとみられるが、長年水面下で支援してきた「抵抗の枢軸」諸派の内、ヒズブッラーがイスラエルの攻撃を受けて指揮系統に打撃を受け軍事能力が低下している。同勢力はレバノン社会に根差した組織のため、容易に殲滅されないだろうが、イスラエルの攻撃に晒されて一時的に低迷していることは否定できない事実である。こうした状況に鑑みれば、今回の事態はシリア国内で利害が対立する勢力同士の衝突という側面だけではなく、地域の力学の変化という地域・国際的側面を有しているといえ、その解決に向けても地域・国際的主体の関与や貢献が不可欠だといえる。
【参考】
・「シリア: シャーム解放機構によるアレッポ占拠」『中東かわら版』No.102。
・「シリアにおけるイランのプレゼンス ――レバノンと革命防衛隊をつなぐ「橋頭保」シリア」『中東分析レポート』R24-03。※会員限定。
(研究主幹 青木 健太)
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