中東かわら版

№102 シリア: シャーム解放機構によるアレッポ占拠

  2024年11月27日、シャーム解放機構(旧称はヌスラ戦線。シリアのアル=カーイダ)は「侵略抑止」攻勢と称し、アレッポ県南西部、イドリブ県東部で政府軍に対し大規模な攻勢を実施した。攻勢には、国連でテロ組織に指定されているトルキスタン・イスラーム党らその他のイスラーム過激派も参加し、12月3日までにハマ県とアレッポ市とを結ぶM5道路、この道路の東方に位置するアブー・ズフール空軍基地、アレッポ市の大半、アレッポ国際空港、サフィーラ市などの要衝を占拠した。また、アレッポ県北部のトルコの占領地で活動するシリア国民軍(トルコの配下の民兵)、クルド民族主義勢力も占拠地を拡大した。この結果政府軍はアレッポ県、イドリブ県からほぼ一掃され、ハマ市を前線に部隊を「再展開」し、防衛と反撃準備を図っている。現時点での各勢力の制圧地・占拠地の配置は下図の通り。

図:2024年12月3日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

 シリア政府は、ロシア、イラン、イラクに支援を要請し、これらの国からの増援部隊の一部はすでにシリアに入っている。また、シリア政府はサウジ、UAE、エジプト、レバノン、オマーンなどのアラブ諸国から支持を取り付けた。

評価

 シリア政府は、2011年からのシリア紛争でロシア、イラン、ヒズブッラー、イラクの民兵諸派などの支援を受け、2020年春の時点でシャーム解放機構らイスラーム過激派諸派をイドリブ県北西部、トルコの占領地をアレッポ県北部、ラッカ県とハサカ県北部に抑え込み、戦線を固定することに成功した。しかし、2023年10月7日のパレスチナでの「アクサーの大洪水」攻勢後のイスラエルと「抵抗の枢軸」陣営との交戦で、ヒズブッラーやイランの戦力がそちらに引き抜かれたことにより、軍事力が低下していた。また、シリアの経済的苦境による正規軍の弱体化、政治・経済・社会の復興や再編のため、戦闘が激しかった際に動員した親政府民兵の動員解除の進行も今般の状況に至った原因として見落としてはならない。

 一方、大戦果を挙げたシャーム解放機構などのイスラーム過激派諸派は、2023年の震災や避難民を含む一般のシリア人の苦境をよそに、トルコ経由で確実に資源を調達して戦力を増強してきた模様である。今般の攻勢でも、様々な形式の無人機を多数運用する動画を配信しており、イスラーム過激派に資源を供給する当事者が依然として多いことを示唆している。ただし、シャーム解放機構は国連や、アメリカ、本邦を含む主要国からテロ組織に指定され、その首領のアブー・ムハンマド・ジャウラーニーとともに制裁対象となっている。各国政府・機関は、シャーム解放機構を現在の「イスラーム国」の前身組織から派生したアル=カーイダの別名と位置付けて制裁対象としており、この認識は過去数年間に逐次行われてきた制裁対象の見直しを経ても変わっていない。このため、実質的に同派が率いる「反体制派」がシリアの政治過程や戦闘拡大を防ぐための国際的な外交努力の当事者として正当性を獲得するようなことになると、テロ対策をはじめとする国際秩序と深刻な矛盾をきたすことになる。同派が今後さらなる進撃を企画したり、政府軍による失地回復のための攻撃に対処したりする中で戦闘の激化や民間人の生命・財産に多大な被害が出ることも予想される。

(協力研究員 髙岡 豊)

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