中東かわら版

№90 レバノン:ヒズブッラーがナイーム・カーシムを書記長に選出

 2024年10月29日、ヒズブッラーは声明でナイーム・カーシム副書記長を新書記長に選出したと発表した。この人事は、去る9月27日のイスラエルによる爆撃でハサン・ナスルッラー書記長が殺害されたことを受けたもので、2023年10月8日にイスラエルとヒズブッラーとの交戦が激化して以来、政治・軍事の両面での幹部が相次いで殺害される中でのことだ。

 カーシム新書記長は、1953年にベイルートで生まれ、アマルを経て1982年のヒズブッラーの結党に参加した。1992年からヒズブッラーの副書記長を務め、同党の組織論や政治・教学問題についての著述を担ってきた。

評価

 ヒズブッラーは、ナスルッラー前書記長の殺害後の幹部の選任について一切発表していない。このため、ハーシム・サフィーッディーン執行評議会議長(2024年10月24日にヒズブッラーが死亡を発表)を同前書記長の「後継」とみなすのは、組織の決定のような裏付けを伴わない、外部の憶測の域を出ない。一方、カーシム新書記長は長年副書記長の座にあったとはいえ、ヒズブッラーの論理を外部に発信する役割を担っており、重要な政治的決定や軍事部門の指導で今後手腕を発揮できるかは未知数ともいえる。また、イスラエルとヒズブッラーとの実力差に鑑み、カーシム書記長が短期間のうちに殺害される可能性も低くはないだろう。

 ヒズブッラーは、通信網への大規模な浸透を許した上、ナスルッラー書記長をはじめとする政治・軍事部門の幹部を短期間のうちに多数殺害されるなど、イスラエルとの交戦で劣勢を強いられている。ただし、10月初旬からのイスラエル軍による地上侵攻に対して持ちこたえ、ネタニヤフ首相宅への無人機攻撃実施などの「戦果」を上げている。ここから、ヒズブッラーは少なくとも戦闘・兵站部門での体制を、外部からは見えにくい状態で再建したと考えることも可能だ。ただし、敵方からの攻撃を警戒するあまり組織を運営・指揮する機能が非公然状態になることには、重要な決定を迅速にとって実践することが困難になる恐れが伴う。カーシム新書記長の下でヒズブッラーの指揮機能が滞る場合、その影響はイスラエルとの交戦だけでなくレバノンの政情全体に及ぶ。

 なお、カーシム書記長は2002年と2008年にヒズブッラーの組織や論理に関する「内部の見解」を表明した書籍を著しており、その一部は邦訳されている

(協力研究員 髙岡 豊)

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