中東かわら版

№89 イラン:イスラエルによる報復攻撃で軍事施設に被害が発生

 2024年10月26日未明、イスラエル軍(IDF)はイラン本土に対して、「悔恨の日々」(Days of Repentance)作戦と題する報復攻撃を実施した。IDFのハガリ報道官によると、今次攻撃はイランからイスラエルに対する数カ月に亘る継続的な攻撃に対する報復に当たるもので、IDFはイランの「軍事目標」に対して「精密な」攻撃を実行した。IDFはF-35戦闘機100機を動員した第1~3波に分けた段階的攻撃を、イラン国内の軍事施設20カ所に対して行い、防空システムと弾道ミサイルの製造能力に多大なる打撃を与えたという(26日付『エルサレム・ポスト』)。イスラエルからイランまでの2000キロメートルの航空経路確保のため、IDFがシリアとイラクにある防空システムを並行して破壊したとの報道もある。

 また、米メディア『AXIOS』は匿名の情報源を引用しつつ、IDFの攻撃でイランの長距離弾道ミサイルに必要な固体燃料の製造(混合)能力に大きな打撃が生じており、将来的に、革命防衛隊からヒズブッラーやアンサールッラー(フーシー派)への弾道ミサイルの供給にも深刻な影響が生じると伝えた。IDFの攻撃は、テヘラン近郊にあるパールチーン軍事施設やホジール軍事施設を標的にした他、南西部イーラーム州、フーゼスターン州の軍事施設も被害を受けた模様である(27日付『ロイター通信』)。

 こうした中、イラン国防軍需省並びに国内メディアは、国内3州にあるレーダーシステムを含む軍事施設が攻撃を受けたものの、イランの防空システムによりそのほとんどは撃退され、被害は「限定的」と発表した。また、イラン国内メディアによれば、今次攻撃により国軍兵士4名、及び、民間人1名の計5名が死亡した。

 こうした事態を受けて、ハーメネイー最高指導者は27日、イスラエルからの攻撃を「過大評価をしてもならないし、過小評価もしてはならない」と述べ、事態を矮小化することを避けるべきとの認識を示した上で、今後の対応はイラン政府高官が状況を分析して対応すると発言した。また、ペゼシュキヤーン大統領は27日、「イランは戦争を求めていないが、国家と国民の権利を守る。シオニスト政体(イスラエル)からの攻撃に対して適切な対応を講じる」と述べた。アラーグチー外相は26日、今次攻撃は国際法違反と糾弾した上で、「イランは報復する権利を保有している」と述べ再報復の可能性を排除しなかった他、国連に対して緊急安保理会合を開催するよう要請した。

 米国は今次攻撃に関して、イスラエルから事前に通知されていた模様である。バイデン大統領は26日、「イスラエルは軍事目標以外を攻撃しなかったようだ、これで終わることを望む」と述べた。

 

評価

 今次攻撃の発生当初、イラン国内メディアは「イスラエルからの攻撃は大したことはなかった」と事態を矮小化しようとしていた。このため、イラン体制指導部としては、「イスラエルからの攻撃は取るに足らないものだったので、イランによる再報復は必要ない」として、鎮静化の方向に持って行きたかったものと考えられる。しかし、衛星画像を基にした分析等に基づくと、核・エネルギー施設への直接攻撃は避けられたとはいえ、イラン国内で生じた被害が小さかったと結論づけることは難しい。

 イスラエルは人口密集地や民間人被害を避けつつも、多数の戦闘機を出動させ、複数の軍事施設に精密な攻撃を加えたようである。打撃を与えられた機材は、地対空ミサイルシステム及びその関連機材(ロシア製S-300含む)、及び、弾道ミサイルの固体燃料を混合する施設等であったとみられる。仮にこれらに深刻な被害が生じている場合、イラン国内にミサイルの備蓄はあるとしても、革命防衛隊が水面下で支援する「抵抗の枢軸」諸派や(仮に供与しているとすれば)ロシアへの今後の供与は困難になる。また、防空システムの能力が低下すれば、今後のイスラエルによる潜在的な攻撃に対してイランは脆弱な状態となる。こうした状態は、イランがイスラエルに対する攻撃を控える動機となることから、イスラエルはイランに対して安易に再報復するなとのシグナルを送ったものと考えられる。言い換えれば、今次攻撃により、イスラエルは抑止力を回復できたことになる。

 今次攻撃の地域・国際情勢への影響に目を向けると、主に以下の3点が想定される。第1に、イランがイスラエルに対して、今後報復攻撃を実施する懸念を完全に拭うことはできない。イラン体制指導部の本音としては、イスラエル及びその背後から支援する米国と本気で事を構えたいとは考えていないとみられるが、今回軽視できぬ人的・物的被害が生じていることから弱腰の対応を講じられない。ハーメネイー最高指導者の発言を見ると、今後の対応は政府高官に委ねられていることから、大統領、革命防衛隊、外務省等の諸アクターが、国家最高安全保障評議会(SNSC)で議論を続けることになるだろう。

 第2に、イランから「抵抗の枢軸」諸派に対する軍事面での支援が低迷する可能性がある。イランは、イスラエルに対する前方抑止の役割をヒズブッラーに期待してきたため、同派の弱体化は地域戦略の上で痛手となり、「抵抗の枢軸」の再構築は大きな課題となる。第3に、ロシアが自爆型ドローン・弾道ミサイルをイランから調達して対ウクライナ戦争を遂行しているとみられる中、イランからロシアへの軍事支援が滞る可能性がある。これらを総合的に踏まえると、今次攻撃の影響を過小評価することはできない。

 

【参考】

「イラン:イスラエルに対する報復攻撃を実施」『中東かわら版』No.77。

(研究主幹 青木 健太)

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