中東かわら版

№78 イスラエル:イランへの報復攻撃のシナリオ

 2024年10月2日、イランによる弾道ミサイル約200発(181とする報道もある)の発射を受けて、ネタニヤフ首相はイランへの報復攻撃を宣言した。実現すれば4月以来二度目の、本土を標的としたイランとの応酬となる。標的や攻撃実施のタイミングは明かされていないが、核施設をはじめ、イランのエネルギー関連施設への攻撃の可能性が、近しい筋の情報として報じられている。

 

評価

 イランのイスラエルに対する攻撃は、作戦名(「真実の約束作戦2」)から分かるように、4月に実施した攻撃(「真実の約束作戦」)の第二弾である。ハマースのハニーヤ政治局長の暗殺、ヒズブッラーのナスルッラー指導者の暗殺への報復として注目を集めた一方、2つの攻撃に共通するのはイラン革命防衛隊幹部の殺害への報復という点だ。国際協調路線を打ち出し、保守強硬派の割合を減らして発足したイランのペゼシュキヤーン新政権だが、元より意思決定のトップは最高指導者であり、議会は3分の2以上が保守強硬派である。イスラエルへの攻撃の決定的なトリガーは自軍のハイレベルの殺害と見て良いだろう(今後についても同様である)。

 イスラエルは自国の脅威に対し、見敵必殺とでも呼ぶべき姿勢を貫いており、ネタニヤフ首相による報復宣言は実行される可能性が極めて高い。今後のイランへの攻撃の際の標的としては以下が想定されうる。

 

①  核施設:4月のイスラエルによる報復は、エスファハーンの核施設の防空レーダーを標的とするものだった。次回の攻撃も再びこれを標的とする可能性がある。但し、イランが4月よりもグレードの高い攻撃を行った点を踏まえれば、イスラエルのそれも同様になると考えるのが合理的である。この場合、防空レーダーの完全破壊、あるいは核施設そのものを標的とする事態も予想される。

②  石油関連施設:核施設自体を攻撃することはイランに甚大な被害を及ぼすと同時に、これまで以上の非難が欧米諸国及び地域諸国からイスラエルに寄せられるだろう。この事態を避けるべく、標的の重要性を石油関連施設に下げる可能性がある。但しこれによって、被害の影響も狭まるかというとそうではない。石油関連施設への攻撃は、イランの軍事費につながる石油収入が断たれることを意味する。仮にハールグ島にあるイラン最大規模の石油輸出港が攻撃を受けた場合、イランによる中国への原油供給が滞り、不足分を中国が他の中東産油国に求める事態が予想され、この結果、原油価格の上昇が考えられる。日本への影響という点では、①よりも大きいと言えるだろう。

③  要人:イスラエル攻撃を指揮した革命防衛隊のサラーミー総司令官、ガーアーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官、国軍のバーゲリー参謀総長の暗殺は、軍事攻撃に対する報復という意味では最も合理的と呼べる。但し彼らを殺しても後任が現れるだけである。この点、イランによる3度目の直接攻撃が起きた場合、イスラエルは要人のランクを上げて報復を繰り返すことになる。この応酬が続いた場合、最後の標的は理論上、ハーメネイー最高指導者になる。イスラエルには、イランの治安機関にエージェントを送り込み、幹部の暗殺に成功してきた実績がある。能力面で言えば、以上の面々を暗殺することはイスラエルにとって十分可能だろう。

 

 以上①②を標的に攻撃がなされた場合、4月と同様、イランが「大した事はなかった」との姿勢を示して再報復を踏み留まることもありうる。直接的な軍事衝突でイスラエルに勝利するのは困難である中、外交場裏でイスラエルの無法を訴えつつ、同国と同国を支援する米国の正当性を国際社会において低下させるという戦略だ。この場合、体制の検閲下にあるイラン国内メディアの報道ぶりが一つの注目点となろう。他方、③を標的に攻撃がなされた場合は、①②のような情報操作がイラン側として難しい。実行犯に直接的な裁きを下すといった、分かりやすい、強硬な対応を取らざるをえなくなり、状況の更なるエスカレーションが危惧される。また①②の場合においても、被害規模によっては「大した事はなかった」ではすまされない状況が生まれる(し、イスラエルとしてはその状況を生むのが狙いである)。

 

【参考】

「イラン:イスラエルに対する報復攻撃を実施」『中東かわら版』No.77。

「イラン:ペゼシュキヤーン新内閣が発足」『中東かわら版』No.65。

「イスラエル・イラン:イスラエル軍のイラン中部への攻撃――「影の戦争」と「表の戦争」」『中東かわら版』No.13。

「イラン:革命防衛隊がイスラエル本土に攻撃を実施」『中東かわら版』No.10。

(研究主幹 高尾 賢一郎)
(研究主幹 青木 健太)
(主任研究員 高橋 雅英)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP