中東かわら版

№77 イラン:イスラエルに対する報復攻撃を実施

 2024年10月1日深夜、イランはイスラエル本土に対して弾道ミサイルを用いた報復攻撃を実施した。革命防衛隊は声明で、「誠実な約束2」と名付けられた軍事作戦を実行したことを認めた上で、ハマースのハニーヤ政治局長、ヒズブッラーのナスルッラー書記長、及び、革命防衛隊のニールフォルシャーン准将殺害に対する報復として、数十の弾道ミサイルを被占領地(イスラエル)に向けて発射したと主張した。同声明によると、今次決定は国家最高安全保障評議会の承認を得たもので、発射したミサイルの90%以上が3カ所の空軍基地、レーダー、抵抗戦線の指導者らに対するテロ攻撃の計画拠点等の標的に命中した。イランが極超音速ミサイル「ファッターフ」(射程1400キロメートル、速度マッハ13~15)を実戦で初めて使用したとの報道もある(2日付『ロイター』)。

 一方、イスラエル・メディアによると、イランが発射した弾道ミサイルの数は約180発で、テルアビブ、南部のネバティム基地、ディモナ等にも落下したが、多くが迎撃されたと伝えられた。ネタニヤフ首相は、イランは「大きな過ち」を犯したと述べ、「代償を支払うことになる」と警告した。

 ペゼシュキヤーン大統領は、イランと地域にとっての平和と安全、並びに、イランの利益と国民を守るためシオニスト政体(イスラエル)に対して決定的な対応を講じた、イランは争いを求めていないが脅威を受ければ対応を講じることをネタニヤフは知るべきだとの立場を示した。また、同国国連代表部は、今次行動はシオニスト政体によるテロ行為に対する、合法的、合理的、且つ、正当な対応と発表し、あくまでも自衛権の行使に当たるもので国際法規に則っているとの立場を示した。

 

評価

 イランはハマースのハニーヤ政治局長殺害(7月31日)に対する報復を2カ月以上保留してきたが、ヒズブッラーのナスルッラー書記長とニールフォルシャーン革命防衛隊准将の殺害を受けて、今般、報復を実行に移した。この背景には、イランの国内的文脈として、ペゼシュキヤーン大統領のイスラエル対応が弱腰との批判が燻っていたことがある。これに加えて、イランが報復を延期してきたことが、イスラエルに対する抑止を失わせていたことも挙げられる。9月中旬以降、イスラエルは北部住民の安全な帰還を戦闘目標に加え、レバノンへの地上侵攻にまで踏み切った。イスラエル・米国との戦力差や来る核交渉を念頭に、過度の対立を避けたいとの考えがイラン体制指導部内にあったと推測されるが、上述の理由から断固たる対応を強いられたといえる。

 今次の報復攻撃は、発射したミサイル数の面では4月時点の報復よりも抑制的といい得るが、ミサイルの種類と狙った標的の質の点でより厳しい報復になっていると評価できる。4月時点の報復では、最新型でない弾道ミサイルやドローンを組み合わせ、しかも段階的に攻撃を加えることで、イスラエル側に迎撃する余裕が与えられた。しかし、今次報復では極超音速ミサイルが使用された可能性があり、その場合、イランからイスラエルまでの到達にかかった時間は極端に短縮される。また、映像を見る限り、迎撃システムを貫通してイスラエル本土に着弾したミサイルも相当数ある他、4月時点と異なりテルアビブ等の人口密集地帯に近い標的も狙われた模様である。この点で、イラン体制としてはあくまで「自衛権の行使」との範囲内で、しかし同時に、イスラエルに無暗な行動を控えるよう警告を発したということだろう。

 今次の攻撃でどれ程の人的・物的被害があったのかに左右される部分が大きいが、今後、イスラエルによるイランに対する報復は避けがたい。危機管理の観点からいえば、日系企業・組織にとっては、イスラエルによる攻撃が発生すると想定した上で退避や安全確保に向けた諸措置を講じることが急務となる。

 

【参考情報】

「レバノン:イスラエル軍が「限定的地上侵攻」開始を発表」『中東かわら版』No.76、2024年10月1日。

「イスラエル:「抵抗の枢軸」諸派に対する報復の激化」『中東かわら版』No.75、2024年9月30日。

「パレスチナ・イラン:ハマースのハニーヤ政治局長がテヘランで殺害」『中東かわら版』No.56、2024年7月31日。

(研究主幹 青木 健太)

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