№76 レバノン:イスラエル軍が「限定的地上侵攻」開始を発表
2024年10月1日、イスラエル軍はレバノンへの「限定的地上侵攻」を開始すると発表した。その後行われたアメリカとイスラエル国防相間の電話会談で、双方はイスラエルとレバノンとの境界付近での「ヒズブッラーの攻撃的施設の解体」の必要性で一致した。イスラエル軍は、既に9月30日の時点で特殊部隊が複数箇所でヒズブッラーのトンネル網についての情報収集のための作戦を実施している。一方、9月23日以来のイスラエルによる対レバノン攻撃は、ハマース、ファタハ、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)の幹部への攻撃・暗殺、ダマスカス西郊への爆撃(10月1日)をはじめとするシリア領への爆撃へと拡大している。これに対し、ヒズブッラーはイスラエルのより南方への攻撃や新たなミサイルの使用開始などで紛争の強度の上昇に対応しているが、ナスルッラー書記長の暗殺(9月28日)をはじめ、軍事活動を指揮する幹部の大半が相次いでイスラエルに殺害される中、積極的な行動には出ていない。また、イランも外務省がイスラエルとの対決のためにレバノンに戦闘員を派遣することはないと表明(9月30日)している。
そうした中、アメリカ、ドイツ、イギリスなどが大使館の非基幹職員や大使館員家族の退避を進めているほか、レバノン人、レバノン在住シリア避難民がシリアへの脱出を図っている。レバノンからシリア領へと移動した者の数はすでに数万人に達している模様で、今後戦闘が激化する場合はこれがさらに増加する上、レバノン在住パレスチナ難民の保護や避難にも懸念が出ている。
評価
イスラエルによるレバノンへの攻撃に対しては、「イラクのイスラーム抵抗運動」による対イスラエル無人機・ミサイル攻撃も増加しており、紛争はレバノン、パレスチナ、シリア、イラク、イエメン、状況によってはイランをも含む広域的なものとなっている。ただし、最前線の当事者であるヒズブッラーをはじめ「抵抗の枢軸」陣営の動きは鈍く、有効な反撃も抑止もできない中でイスラエルの攻撃による打撃を一方的に受け続けている状態にある。2023年10月7日の「アクサーの大洪水」攻勢以来、ハマースを除く「抵抗の枢軸」陣営の諸当事者は、イスラエル・アメリカ陣営との全面対決を回避しつつパレスチナを支援する行動とることに努めてきた。これは、「抵抗の枢軸」陣営が明確な上下関係や指揮・統制構造を持たず、個々の当事者が自らの利害を最優先しつつイスラエル・アメリカ陣営に「抵抗する」ための連動であることに起因する。しかし、こうした「抵抗の枢軸」陣営内の相互関係は、個々の当事者が紛争激化を避けようと消極的な行動をとり続けた末に、現時点ではイスラエルに対する抑止力も反撃能力もそぎ取られる結果に終わっており、仮に「抵抗の枢軸」陣営の当事者の一部なり全部が「生き残り」に成功したとしても、威信も名声も大きく損なわれることになるだろう。
現在、国際的にイスラエルを制止するのに効果的な政治・外交的な努力はほとんど見られない。そうした中イスラエルは、過去1年を通じてガザ地区で観察されたとおり、「限定的」という言辞を弄しつつ攻撃と既成事実を積み重ね、「総攻撃」や「全面戦争」と同様の結果を追求するのではないだろうか。
(協力研究員 髙岡 豊)
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