中東かわら版

№73 レバノン:イスラエルが大規模攻撃を開始

 2024年9月23日、イスラエルはレバノン各所に大規模な爆撃を実施した。レバノンの保健省によると、これまでに492人(うち子供35人、女性58人)が死亡、1246人が負傷した。イスラエルの発表によると、攻撃はヒズブッラーの施設800カ所に対するものであるが、攻撃対象には民間人や民間の住居や施設が多数含まれている。攻撃を受け、ベイルート国際空港に乗り入れている各国の航空会社(エールフランス、ルフトハンザ、サウジ航空、トルコ航空、キプロス航空など)の多くが航空便を運休したが、本稿執筆時点でレバノンの中東航空(MEA)は運航を続けている。

 イスラエルの攻撃に伴い、南レバノンやベイルート市ダーヒヤ地区などのヒズブッラーの拠点とされる地区の住民が多数避難している。彼らの避難先は、全域がイスラエルによる爆撃にさらされているレバノン国内にとどまらず、隣国のシリアも含まれ、レバノンからシリアに向かう車両や人員が急増している。また、今般のイスラエルによる攻撃ではハマースの軍事部門のカッサーム部隊のレバノン在住の幹部が暗殺されており、攻撃・戦闘の当事者はイスラエルとヒズブッラーだけではない。

 アラブ諸国からは、攻撃を非難する声明の発表、レバノンへの援助提供表明、安保理やアラブ連盟の会合開催要請などの態度表明が相次いだ。また、イランのペゼシュキヤーン大統領は、イランにはイスラエルを攻撃するのに必要な能力があると述べ、イスラエルを威嚇した。一方、アメリカの国防省は現下の緊張状態を受け、中東に少数の地上部隊を増派すると発表した。

評価

 23日のイスラエルによる大規模なレバノン攻撃は、17日、18日のヒズブッラーの通信機器の爆破作戦、20日のダーヒヤ地区への爆撃によるヒズブッラー幹部複数の暗殺を踏まえたものである。ヒズブッラーは22日にイスラエルのハイファ南方の軍事施設を砲撃するなどの反撃に出たものの、打撃を与えたり抑止力を回復したりするなどの成果にはつながっていない。これは、2023年10月7日のハマースによる「アクサーの大洪水」攻勢以来、ヒズブッラーを含む「抵抗の枢軸」陣営がイスラエルとそれを支援するアメリカとの戦力の差に鑑み、紛争を一定の範囲内に制御しようと試みて受動的・消極的な軍事作戦に終始してきたことと関係している。ヒズブッラーについては、紛争の激化や拡大を回避しようと努める中でイスラエルからの攻撃が強まり、一方的に被害を受ける状況が顕在化している。こうした中、ヒズブッラーは「(イスラエルとの戦線は)今や(パレスチナ)支援の戦線ではなく広域にまたがる大きな戦いである」(8月1日:ナスルッラー書記長)、「(戦闘は)損得勘定抜きの戦いという新段階に入った」(9月22日:カーシム副書記長)など、戦術や状況認識の変更を示唆する演説が続いており、こうしたメッセージが同党をはじめとする「抵抗の枢軸」陣営の前線での活動にどのように反映されるかが紛争の行方を左右するだろう。

 紛争の場で敵対者と民間人・民間の施設を区別せずに攻撃したり、追放・封鎖したりすることは国際的な非難や懲罰を受けるべき行動であるが、2023年10月7日以来イスラエルによるこの種の行為を止める手立ては取られていない。今般のレバノンに対する攻撃についても、アラブ諸国を含め紛争抑止や被害の防止のために役立つ反応は見られない。このため、今後の状況の推移を予想する上では、イスラエルによる一方的な攻撃が続くか、ヒズブッラーや「抵抗の枢軸」陣営の反撃強化により、イスラエルの民間人も多数が死傷したり避難を強いられたりする、といった紛争激化へ向かう要素しか見当たらない。

(協力研究員 髙岡 豊)

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