中東かわら版

№72 イラン:レバノンでの通信機器の一斉爆発事件発生を受けた反応

 2024年9月17~18日にレバノンでポケットベル・携帯型無線機等の通信機器の一斉爆発事件が発生し、死者32人以上、負傷者3000人以上が生じた。17日の爆発では、モジュタバ・アマーニー駐レバノン・イラン大使も負傷したと伝えられた。現在まで犯行声明は出されていないが、イスラエルによる犯行であるとの見方が定着しつつある。

 このような民生電子機器を用いた一斉攻撃という事態を受けて、以下の通りイラン政府・軍高官からは抵抗勢力による報復が示唆されるなど厳しい反応が示された(時系列)。

 

キャナアーニー外務報道官(17日付声明

●レバノンで発生したテロ作戦は、シオニスト政体(イスラエル)とその代理人による共同作戦である。全ての人道原則、国際法、国際人道法に反する行いであり、国際社会はシオニストの不処罰に対して迅速に対応しなければならない。

 

ナーイーニー革命防衛隊報道官(18日付発言

●レバノンで発生したテロ攻撃において、革命防衛隊員は一人も犠牲となっていない。

 

ペゼシュキヤーン大統領(18日閣議での発言

●人類の福祉のために製造された道具をテロの道具とするのは、人倫に悖る行いであり犯罪の極致である。

 

イーラヴァーニー国連代表部大使(18日付国連安全保障理事会宛書簡

●イランは駐レバノン・イラン大使に対する攻撃を適切にフォローし、国際法に基づきそのような犯罪行為に対して必要な対応を行う権利を有する。

 

サラーミー革命防衛隊総司令官(19日、ヒズブッラーのナスルッラー書記長宛書簡

●シオニスト政体は、近く、抵抗戦線からの激しい反撃に遭い、我々はこの犯罪的で狂った政体の完全なる破壊を目撃することになると宣言する。

 

 また、ヒズブッラーのナスルッラー書記長は19日のテレビ演説で、敵は全てのレッドラインを越えたと述べ、ヒズブッラーによるイスラエルへの報復を示唆した。

 

評価

 今次事件は、pagerと呼ばれる携帯通信端末やwalkie-talkieと呼ばれる携帯型無線機が同時多発的に爆発することで、レバノン国内で甚大且つ広範な被害をもたらした。17日の攻撃で用いられたポケットベルの製造元は台湾企業だが、同社はハンガリー企業が製造・販売したものだとして自社製造であるとの憶測を否定した。また、18日の攻撃で用いられた携帯型無線機は日本製との報道が見られたが、同製品の製造メーカーは事件で使用された自社ロゴの入った無線機は「2004年から2014年10月にかけて中東を含む海外向けに生産・出荷していたハンディ型無線機」のようではあるが、「約10年前に終売しており、それ以降本社からの出荷は行なって」いないとして、使用されたのは模造品等の自社以外の製品ではないかとの立場を示した。いずれに関しても実態は不明のままだが、サプライチェーン上で遠隔爆破を行える仕掛けがなされていたものと考えられる。

 このような状況を受けて、今般標的となったヒズブッラーは報復の意思を示しており、同派を背後から支援しているといわれるイランの動向が注目される。イラン側から示される立場を見る限り、事件翌日の18日にも革命防衛隊員の犠牲者はいないと発表するなど、イスラエルとの対立に引きずり込まれることを警戒する様子がみられる。確かに、自国の駐レバノン大使が負傷した事実を踏まえれば、イランには何らかの対抗措置を講じる必要性がある。実際、イランは国連代表部を通じて、国連に対して対抗措置の正当性を主張してはいる。とはいえ、主たる標的がヒズブッラーであったことに鑑みれば、直接的に巻き込まれることを望んではいないと考えられる。

 他方、イランの動きを見る上では、7月31日にテヘランで発生したハマースのハニーヤ政治局長暗殺事件への報復が未だ実行されていない状況も踏まえる必要がある。大統領宣誓式への出席のためテヘランを訪れた賓客が殺害されたことで、面子を潰された形のイランが報復する可能性が高いとの予測はその時点で可能であった。にもかかわらずイランが現在まで実行に至っていない背景には、新政権が発足し組閣すら終わっていない移行期であったこと、シーア派の宗教行事アルバイーンが8月25日に予定されるなかで数万人規模の人の移動がイラクを中心に行われる予定だったこと、並びに、イスラエルに対する適当な報復の手段がなかったこと、等が挙げられる。加えて、新政権となりアラーグチー外相が核合意再建に向けて欧米との交渉に積極的な姿勢を示す状況において、イランとしてはイスラエルの後援者である欧米諸国との関係を決定的に損なうような行動を取れない状況も生まれている。これらの点は、今次事件に対するイランの対応を抑制し得る。

 但し、既にペゼシュキヤーン新政権の組閣は完了(8月21日)し、アルバイーンのためカルバラーに参詣した人々は帰路についたことを踏まえると、8月時点と比べて、抑制要因が減じていることもまた事実である。総合的にみて、イランとしては過度にイスラエルとの対立を激化させたくない本音と、抵抗勢力の領袖として威厳を保つ必要があるという現実の狭間で、どちらをも満たすギリギリの対応を追求することになるだろう。

 

【参考情報】

「レバノン:イスラエルがヒズブッラーの通信端末を一斉爆破」『中東かわら版』No.69、2024年9月18日。

「パレスチナ・イラン:ハマースのハニーヤ政治局長がテヘランで殺害」『中東かわら版』No.56、2024年7月31日。

(研究主幹 青木 健太)

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