中東かわら版

№65 イラン:ペゼシュキヤーン新内閣が発足

 2024年8月21日、ペゼシュキヤーン大統領の指名した閣僚候補19名の信任投票がイスラーム議会(国会)で行われ、全員が信任を得た。これにより、ペゼシュキヤーン新内閣が発足し、本格的に始動することとなった。

 今次閣僚候補リストは8月11日にペゼシュキヤーン大統領から国会に提出され、各閣僚候補による政策方針の説明、並びに、国会議員との質疑等が行われてきた。憲法133条により、大統領が指名した閣僚候補は国会での信任投票を通過しなければならない。ライーシー前政権下では、保守強硬派が立法府、行政府、司法府の三権を占めていた。今般、改革派に政権交代したことで、閣僚の顔ぶれがどう変わったのか、また国民の求める汚職の撲滅、経済状況の改善、および「東方重視」外交に変化が現れるのかといった点が注目される。

 ペゼシュキヤーン新政権の閣僚リストは以下の通りである。

 

ポスト名

氏名

得票数

備考(職歴、属性等)

教育相

アリー・レザー・カーゼミー

268票

元教育副大臣

通信・IT相

サッタール・ハーシェミー

264票

元通信・IT副大臣

情報相

イスマーイール・ハティーブ

261票

元情報相(留任);イスラーム法学者;革命防衛隊、ハーメネイー最高指導者事務所、司法府の情報部責任者を歴任

経済・財務相

アブドゥルナーセル・ヘンマティー

192票

元イラン・イスラーム共和国放送政治担当副総裁;元中央保険庁総裁;元中央銀行総裁

外相

アッバース・アラーグチー

247票

元外務事務次官;元駐日大使;元核交渉首席交渉官

保健・治療・医療教育相

ムハンマド・レザー・ザファルガンディー

163票

元イラン医師会会長

協同・労働・社会福祉相

アフマド・メイダリー

191票

元協同・労働・社会福祉副大臣

農業・ジハード相

ゴラーム・レザー・ヌーリー・ガゼルジェ

253票

元国会議員

司法相

アミーン・ホセイン・ラヒーミー

268票

元司法相(留任);元司法府人材管理・文化担当次長;元国会議員

国防軍需相

アジーズ・ナシールザーデ

281票

元軍副参謀長;元空軍司令官

道路・都市開発相

ファルザーネ・サーデク・マールーワージャルド

231票

元道路・都市開発相副大臣;女性

工業・鉱業・商業相

ムハンマド・アターベク

231票

元被抑圧者財団副理事長

科学・研究・技術相

ホセイン・シーマーイー・サラーフ

221票

大統領事務所書記

文化・イスラーム指導相

アッバース・サーレフ・シャリアティー

272票

元文化・イスラーム指導相

内相

イスカンダル・モウムニー

259票

元大統領顧問;元麻薬対策本部代表

文化遺産・観光・手工芸相

ムハンマド・レザー・サーレヒー・アミーリー

168票

元オリンピック委員長

石油相

モフセン・パークネジャード

222票

元石油副大臣

エネルギー相

アッバース・アリー・アーバーディー

255票

元工業・鉱業・商業相(ポスト替え)

スポーツ・青年相

アフマド・ドゥニヤーマーリー

253票

元国会議員

(出所)大統領府ホームページに基づき筆者作成。信任投票を投じた議員数は288名。

 

 なお、ペゼシュキヤーン大統領は、これとは別にムハンマド・レザー・アーレフ(ハータミー政権下で副大統領)を第一副大統領に指名した他、ムハンマド・エスラーミー(副大統領兼原子力庁長官)の続投を決めた。また、同大統領は、ムハンマド・ジャワード・ザリーフ(ロウハーニー政権下で外相)を戦略問題担当副大統領に指名したものの、ザリーフ本人が辞意を表明、組閣前から政権を離れた。

 

評価

 ライーシー前政権では元革命防衛隊幹部や、最高指導者や革命防衛隊と密接な関係にある特権財団・企業等の既得権益層が閣僚の多くを占めていた。これに比べると、ペゼシュキヤーン大統領が指名した閣僚リストには、治安関連省庁(国防軍需相・内相・情報相)を除けば、革命防衛隊出身者は確認されない。また、ロウハーニー政権下で核合意成立に向けて首席交渉官を務めたアラーグチー氏を外相に、同政権下で中央銀行総裁を務めたヘンマティー氏を経済・財務相に指名するなど、なかば「ロウハーニー2.0」とも呼べる人選となっている。改革派のハータミー政権で副大統領を務めたムハンマド・レザー・アーレフを第一副大統領に指名したところからも、ペゼシュキヤーン大統領が前政権との違いを打ち出そうとしている様子が看取される。

 こうした中、注目されるのが、アラーグチー氏の外相ポストへの指名である。同氏は、2017~2021年に外務事務次官として、核合意再建に向けた交渉で首席交渉官を務めていた。先立つ2007~2011年には駐日大使を務めた経験もある。同氏の起用は、ペゼシュキヤーン政権が欧米との対話を重視する姿勢の表れだといえよう。同氏とのパイプを有する日系企業・団体もあることから、イランでのビジネス再開を目指す日系企業には朗報だろう。

 他方、ライーシー前政権の閣僚3名(情報相、司法相、エネルギー相。但しエネルギー相はポスト替え)を留任させた点は、改革派支持者から批判を招いている。また、女性の登用は1名に留まり、若者や少数民族出身者の登用も積極的にみられない。これらの点からは、今回のリストは、大幅な「人事刷新」というよりも、全体として「妥協の産物」ということもできる。言い換えれば、ペゼシュキヤーン大統領自身の政治基盤の脆弱さを反映しているともいえる。

 これと関連し、行政府と立法府がねじれ関係にある点には留意が要る。現在、立法府は、保守強硬派議員が3分の2以上を占めている。ハーメネイー最高指導者も、2018年5月の米国による核合意単独離脱を経て、欧米に対する根深い不信感を抱いているようである。このため、選挙公約の通り、新政権が欧米との関係を改善し、制裁解除を早期に実現できるかには疑問が残るといわざるをえない。もう一方の交渉当事者である米国では、本年11月に大統領選挙が控えており、イラン核問題に優先的に取り組める状況にはない。現在、イランが支援する「抵抗の枢軸」が弾道ミサイルやドローンを用いながらイスラエル・米国権益に対する攻勢を強める状況下、核合意再建に向けた交渉を進めるためには、適切な時期を見計らうことに加えて、これら諸問題と核問題とを完全に切り分ける必要があろう。

 こうしたイランを取り巻く全体状況に鑑みると、ペゼシュキヤーン政権は、長期的には自らの望む政策を実現するために、ガーリーバーフ国会議長を始めとする保守強硬派議員、および革命防衛隊・宗教界から支持を集められるような上手い立ち回りを求められる。

 

【参考情報】

「イラン:ペゼシュキヤーン大統領が宣誓式で施政方針を表明」『中東かわら版』No.57、2024年7月31日。

(研究主幹 青木 健太)

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