中東かわら版

№60 イラク:軍事的緊張の高まり

 2024年7月30日~31日のイスラエルによるレバノン攻撃やハマースのハニーヤ政治局長の暗殺を受け、イラクでも軍事的緊張が高まっている。30日にはイラクでもバービル県ジュルフ・サフルの人民動員隊の施設がアメリカ軍に攻撃され、人民動員隊の要員が死傷しているが、攻撃された施設は無人機の製造・実験施設だったとの情報があり、人民動員隊を構成する諸派の一部は攻撃をイスラエルに対するイラクからの反撃を防止するためのものとみなしている。また、この攻撃について、イエメンのアンサール・アッラー(蔑称:フーシー派など)は訓練のために施設にいた同派の幹部の一人が死亡したと発表してた。

 そうした中、8月5日にはアンバール県のアイン・アサド基地がロケット弾攻撃を受け、同基地に駐留するアメリカ兵5人が負傷した。現在イラクには、「イスラーム国」対策でのイラクの治安部隊支援を任務とする連合軍が駐留しており、アメリカ軍2500人もその中で活動している。アイン・アサド基地は連合軍の拠点の一つで、イラクの武装勢力から度々攻撃を受けている。2023年10月以降は「イラクのイスラーム抵抗運動」名義で同基地への攻撃がたびたび行われ、攻撃を「イランの民兵」とも呼ばれる人民動員隊の一部の仕業とみなすアメリカ軍がこれらの諸派の拠点や幹部を空爆する事件も発生している。

評価

 アイン・アサド基地への攻撃はそれなりの頻度で発生するものの、その多くはイラクの民兵からの政治的なメッセージとしての性質を帯び、攻撃でアメリカ軍の人員が死傷することはほとんどない。今般の事件は、7月30日~31日の地域諸国でのイスラエルの軍事行動に対するイランの反撃が近いと懸念される中での攻撃であり、イラクでのアメリカ軍の存在や行動をイスラエルによる攻撃と一体のものとみなす「抵抗の枢軸」陣営の見解を反映したものと考えることができる。2024年4月13日~14日にかけてイランがミサイルや無人機でイスラエルを直接攻撃した際には、イラク、シリア、ヨルダンでアメリカ軍などが迎撃したと信じられており、今後同種の対イスラエル攻撃をより効果的に行うためには、イラクでのアメリカ軍の動きを封じることが必要である。イラクでは民兵諸派を擁する政治勢力などからアメリカ軍の退去要求が強まっているが、アメリカ軍が今後も人民動員隊の施設や人員を攻撃し続けるならば、こうした要求は一層先鋭化するだろう。このような政治的な動きも、軍事的な攻撃と同様イラクの国内問題、イラク・アメリカ関係の問題としてだけではなく、イスラエル・アメリカと「抵抗の枢軸」との広域的な紛争の中での問題だといえる。

(協力研究員 髙岡 豊)

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