中東かわら版

№59 イラン:イスラエルに対する報復攻撃への警戒が高まる

 2024年7月31日未明に発生したテヘランにおけるハマースのハニーヤ政治局長殺害を受けて、イラン政府高官からは攻撃を実行したとされるイスラエルに対する報復を行うとの立場が繰り返し表明されている。バーゲリー軍参謀長及びアフマディヤーン国家最高安全保障評議会書記ら軍・安全保障関係者からは、イランと抵抗勢力は報復を検討中である、シオニスト達(イスラエル)は後悔することになるだろうと警告を発した。また、バーゲリー・キャニー外相代行及びイーラヴァーニー国連常駐代表等の外務省関係者は、イランは国連憲章51条に基づく自衛権の行使の権利を有するとの立場を表明した他、サウジ・カタル外相等との電話会談においてイスラーム協力機構(OIC)の緊急会合開催を主張した。

 このようなイランの態度の基礎になっているのが、7月31日になされたハーメネイー最高指導者による立場表明であり、その要旨は以下である。

 

  • パレスチナの勇敢な指導者であり卓越したムジャーヒドであるイスマーイール・ハニーヤは昨晩、神の下に召され、抵抗戦線は喪に服した。テロリストであり犯罪者のシオニスト政体は、我々の親愛なる客人を、我々の家で殉教に至らしめた。
  • 殉教者ハニーヤは長年にわたって闘争の現場に気高く身を置き、殉教する準備ができていた。自身の息子達と親類をもこの道に捧げた。同人は、神への道と神のしもべらを救済する道に恐れを抱いてはいなかったが、我々は、(イラン・)イスラーム共和国の領域内で発生した悲しい出来事を受けて、それに対する復讐を自らの義務と考えている。

 

 緊張が高まる状況下、イスラエルのネタニヤフ首相は7月31日夜の演説で、ヒズブッラー、ハマース、フーシー派に対して打撃を加えたと戦果を強調した。一方で、同首相は、ハニーヤ政治局長殺害へのイスラエルの関与については認めなかった。また、翌8月1日、バイデン米大統領はネタニヤフ首相と電話会談し、米国のイスラエルの安全保障に対するコミットメントに変化はないと伝えた他、イランやその代理勢力からの弾道ミサイルやドローンを用いた攻撃に対する防衛支援について協議した。8月2日付『タイムズ・オブ・イスラエル』は、イスラエル軍が警戒を高めていると報じた。なお、航空会社各社は、イスラエル離発着航空便を一時運休する等の対応を講じている。

評価

 ハニーヤ政治局長の殺害手法に関しては、何らかの飛翔体によるものとの報道や、イラン政府が管理するテヘラン市内の住居のベッドルームに予め設置された爆発物が遠隔操作で爆破したものとの報道がある。真相はわからないが、今次事案の発生は、イランの防衛システムや防諜に重大な問題があったこと、並びに、イラン政府内にイスラエルと内通する者がいた可能性が高いことを示している。外国要人を国内で殺害されたイランとしては面子を潰された形だ。

 こうした中、最高指導者を始め高官の発言を見る限り、イランはイスラエルに対して軍事的報復を講じる可能性が高く、注目点はどれ程の規模や形になるかである。イスラエルは過去にも、イラン国内の核関連施設やパイプライン等の重要インフラ施設に危害を加えたことがある。また、核科学者や革命防衛隊員の暗殺の背後にイスラエルがいたとの指摘もなされてきた。

 過去の事例の中で今次事案に相似しているのは、2020年11月27日のファフリーザーデ核科学者の暗殺事件である(詳しくは『中東かわら版』2020年度No.109参照)。この当時もイスラエルは関与を認めなかったが、同事件発生が、2020年11月の米国大統領選挙で「核合意への条件付復帰」を掲げたバイデン大統領の勝利直後であったことから、イスラエルの狙いはイランとバイデン政権の接近を阻止することであると考えられた。仮に今次事件を引き起こしたのがイスラエルだったとするならば、ネタニヤフ政権側には戦争を続けたいとの意図や、ペゼシュキヤーン新政権と欧米の接近を阻止したいとの狙いがあった可能性がある。

 もう一方のイランの観点からすると、イスラエルの挑発に乗って紛争を拡大させることは、戦争を長期化させることになり、相手の術中に嵌ることになりかねない。また、自国内で発生した事件とはいえ、実際に攻撃を受けたのはハマース幹部であり、第一義的には報復主体はハマースとなる。こうした点は、イランが報復を抑制する要因となり得る。

 他方、長らく「抵抗の枢軸」諸派を統率してきたイランが、ここで弱腰の対応を見せれば諸派に対しての示しがつかない。また、イランは弾道ミサイル・ドローンを用いた越境攻撃の経験を重ね、それらの作戦を着実に成功させることで自信を深めてもきた。7月30日に幹部を殺害されたヒズブッラーもまた、イスラエルに対する報復を辞さない考えを公にしている。これらを総合的に踏まえれば、先行きは不明なるも、イランによる反撃が大規模且つ抵抗勢力との連携が図られたものになる可能性を排除できない。

 

【参考情報】

「パレスチナ・イラン:ハマースのハニーヤ政治局長がテヘランで殺害」『中東かわら版』No.56、2024年7月31日。

(研究主幹 青木 健太)

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