中東かわら版

№57 イラン:ペゼシュキヤーン大統領が宣誓式で施政方針を表明

 2024年7月30日、ペゼシュキヤーン大統領は国会で開催された宣誓式において、第9代大統領として職務を遂行する旨宣誓した。同氏は5日の決選投票で勝利を収めた後、ハーメネイー最高指導者によって28日に大統領として正式に認証された。今次の宣誓式には、80以上の国・機関の代表者らが招待された他、革命防衛隊が水面下で支援しているとされる、ハマース、パレスチナ・イスラーム聖戦、ヒズブッラー、アンサール・アッラー(通称フーシー派)等の非国家主体からも代表者が参列した。

 ペゼシュキヤーン大統領の就任演説の内、特に外交政策に関わる要旨は以下の通りである。

 

  • 我々の政府の外交政策における3つの基本方針は「自尊心(エザット)」、「叡智(ヘクマト)」、「公益(マスラハット)」である。これらの枠組みの中で、最重要の対外政策目標とは、国益の追求、国民の安全確保、国家経済的発展、国民の生活の質の改善の4つである。
  • 対外政策における優先事項は、近隣諸国との関係の強化・改善である。我々の政府は「強い地域」を求めており、近隣諸国は自分らの価値ある資源を緊張や消耗的な競争によって無駄にするべきでない。
  • イスラームは平和の宗教である。ガザの子ども達を殺すために武器を提供する者らは、他人に人間性や寛容を教えることはできない。我々は、パレスチナの人々が、占領、抑圧、捕われ、虐殺から解放され、パレスチナの子ども達が父親の家の瓦礫の下で埋葬されない夢を求めている。我々はともに、こうした地域と世界にある自由な人々の望みを実現することができるのである(会場拍手)。
  • 我々の政府は、対外政策における「平衡」と「均衡」によって、国益、及び、地域と世界の安全と平和を追求する。我々はグローバル・サウスの新興諸国との関係強化を追求するとともに、東側の隣国及びペルシャ語諸国との友好関係を構築するよう努める。また、我々は西側諸国に対し、相互の尊重と平等な立場を基に関係を築くよう求める。我々は、イランの威信と立場を理解しない政府との緊張緩和について、交渉する用意がある。我々の政府は威圧、圧力、二重基準に屈することはない。誰しもイランの人々と交渉する際には、尊敬と敬意を持った言葉で話すべきである。

(出所)大統領HPに掲載された演説原文より筆者作成。なお、項目立ては筆者による。

評価

 ライーシー前大統領が中国やロシアとの関係を重視する「東方重視」政策を取っていた一方、ペゼシュキヤーン大統領は選挙キャンペーン期間中から一貫して欧米との対話路線を打ち出してきた。今次演説では、ペゼシュキヤーン大統領の対外政策に対する考えが述べられていることから、将来のイランの対外政策方針を推し量る上で注目に値する。

 今次演説で聴衆から最も大きな拍手喝采を浴びたのは、イランが今後もパレスチナに寄り添うとの立場を明言した場面であった。当選後の7月8日、ペゼシュキヤーン大統領はヒズブッラーのナスルッラー書記長に宛てた書簡で、「イランは正統性を欠くシオニスト政体に対抗する「抵抗の枢軸」への支援を続ける」と述べ、密接な関係継続をアピールしていた。今次演説をみても、イランの親パレスチナの基本的姿勢に変化はみられないため、新政権は従来通り、地域における民兵諸派との関係を維持するだろう。民兵諸派との関係に関しては、ハーメネイー最高指導者の指揮下で革命防衛隊ゴドス部隊が管理しており、大統領交代が与える影響は大きくない。

 また、核合意再建に向けた西側諸国との交渉に関し、演説内で直接的な言及こそないものの、西側諸国が敬意をもってイランに接すれば、イランとしては前向きに交渉に臨むとの立場を示している。実際のところ、今次演説で示された外交政策の基本方針3点は、アブドゥルラヒヤーン前外相が率いた外務省チーム内でも述べられていたものであった(2023年12月、イラン政府高官からの筆者聴き取りに基づく)。こうした経緯を踏まえると、ペゼシュキヤーン大統領は外務省から上げられた情報を元に演説しているといえ、次期政権の方針も次期外相の下でどのような外交政策が練られるかに左右される部分が大きいとみられる。現地報道では、アラーグチー元外務事務次官の外相ポストへの指名が濃厚とみられている。

 なお、今次演説内には、中国、ロシア、インド、日本等の特定の国を名指しで言及する場面がなかった。当選後に行われた7月8日のロシアのプーチン大統領との電話会談において、ペゼシュキヤーン大統領は、イラン・ロシア関係を発展させるために緊密に協力する用意があるとの意向を伝えていた。ここからは、ペゼシュキヤーン政権においても「東方重視」政策は変わらないと考えられる。但し、「均衡」といった言葉を用いつつ全方位外交を志向する立場を示している点からは、激動する地域・国際情勢への対処方針を模索中である可能性もある。

 

【参考情報】

「イラン:第14期大統領選挙の決選投票結果が発表、ペゼシュキヤーン候補が当選」『中東かわら版』No.41、2024年7月8日。

「イラン:第14期大統領選挙の第1回投票結果が発表、決選投票へ」『中東かわら版』No.38、2024年7月1日。

「イラン:第14期大統領選挙実施前の国内情勢」『中東かわら版』No.36、2024年6月24日。

「イラン:第14期大統領選挙の最終候補者6名が発表」『中東かわら版』No.32、2024年6月10日。

「イラン:6月28日実施予定の大統領選挙に向けた立候補者登録受付が終了」『中東かわら版』No.29、2024年6月4日。

(研究主幹 青木 健太)

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