中東かわら版

№53 レバノン:イスラエルによる大規模攻撃の懸念が一層高まる

 2024年7月27日、ゴラン高原のマジュダル・シャムスのサッカー場にロケット弾が着弾し、12人が死亡、35人が負傷した。マジュダル・シャムスは1967年にイスラエルがシリア領ゴラン高原を占領する以前からドルーズ派の住民が居住する集落で、今般の事件の死傷者も同集落の住民の民間人である。イスラエルはゴラン高原を併合し、同地を自国領と主張している。

 イスラエル軍は事件をレバノンのヒズブッラーによる砲撃と断定しており、イスラエルの軍・政府要人からはヒズブッラーへの反撃と称するレバノンに対する大規模な軍事行動についての発言が相次いだ。一方、ヒズブッラーは事件への関与を否定する声明を発表した。レバノンでは、イスラエルによる大規模な攻撃を懸念してアメリカなどの各国が自国民に対し退避を勧告したり、航空各社がベイルート空港発着の便を運休するなどの影響が出ている。また、ヒズブッラーもイスラエルからの攻撃を見越して一部拠点から退避している模様である。

評価

 イスラエル軍は、事件現場から回収したとするイラン製のロケット弾の破片を証拠としてヒズブッラーによる砲撃と断定し、アメリカ政府も事件をヒズブッラーによる砲撃とみなしている。ただし、マジュダル・シャムスはイスラエルに占領される以前からの集落であり、同地には入植地や軍事拠点のようなヒズブッラーの攻撃対象となる施設がなく、今般の紛争でもヒズブッラーなどから攻撃を受けてこなかった。これは、長年の紛争でイスラエルとヒズブッラーをはじめとする抵抗運動諸派との間で形成された、(レバノンの民間人や社会資本に大きな損害が出ない限り)抵抗運動はイスラエルの民間施設を攻撃しない、との「交戦規定」を、現在もヒズブッラーが遵守していることを反映している。また、イスラエルによるレバノンに対する大規模攻撃の可能性は6月半ば過ぎから高まっており(『中東かわら版2024年39号』を参照)、イスラエルの軍事行動の可能性や状況の緊張は個別の事件に焦点を当てるだけでなく、より大局的に観察すべき事象である。そうした文脈では、マジュダル・シャムスの事件はこれについての客観的な事実のいかんを問わず、イスラエルによる攻撃を正当化する事由とされつつある。

アメリカ、フランスなどの関係国は、ベイルートへの大規模攻撃が行われるようならば自他が制御不能になりかねないと懸念し、イスラエルを抑制しようと努めている模様である。そうした中、予想されうるイスラエルの軍事行動としては、(1)橋梁、発電所、港湾などの社会資本への攻撃、(2)ヒズブッラーの武器庫への攻撃、(3)ヒズブッラーの幹部の暗殺などが考えられている。また、これに対するヒズブッラーの反撃としては、イスラエル領内に潜伏する細胞による攻撃実施なども予想されている。

(協力研究員 髙岡 豊)

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