中東かわら版

№52 シリア:アサド大統領のロシア訪問とトルコとの関係正常化問題

  2024年7月25日、アサド大統領は予告なしにロシアを実務訪問し、同国のプーチン大統領と会談した。この訪問は、シリアとトルコとの関係正常化について、両国の首脳をはじめとする高官から前向きな発言が相次いだことと時期を同じくしており、ロシアの仲介でアサド大統領とトルコのエルドアン大統領が近日中に会談する可能性についての報道も相次いでいる。今般の訪問ではこの問題も議題になったとの憶測もあるが、シリアの報道機関は、会談の議題は二国間関係、中東にかかわる諸問題で、特にイスラエルによるガザ地区への攻撃が続く中での紛争の激化・拡大の可能性とそれへの対処だったと報じた。

 シリア・トルコの首脳会談開催については、両国間の対立解消が容易でないことから実現までに長時間必要との見解がある。一方、ロシアの外交筋が今年中に実現するとの見通しを示したとの報道もある。両国の関係正常化では、ロシアの他にイラクを仲介とする協議も行われており、最近関係正常化の機運が高まっているのはシリアのアラブ連盟復帰(2023年5月)を受け、アラブ諸国からも関係正常化が支持されつつあることを反映している。

評価

 

 シリアとトルコとは、2000年代半ばから自由貿易協定の締結などで経済面を中心に関係を強化していたが、シリア紛争勃発(2011年)以来トルコが反体制派に与したことにより敵対関係に転じ、トルコは2012年3月に在シリア大使館を閉鎖した。その後もトルコはイスラーム過激派を主力とする反体制派武装勢力を支援するとともに、2016年以後数次にわたり自国の安全保障を理由にシリア領に侵攻しシリア領の一部を占領している。そうした中で両国が関係正常化を目指す動機は、シリアから見ればトルコによる占領の解消、イスラーム過激派やクルド民族主義勢力による領域占拠の解消という「主権と領土的統一の回復」である。トルコ側には「国境管理、テロ対策、シリア人避難民の帰還促進でシリア国家との協力が不可欠」との事情がある。なお、トルコにとっての「テロ対策」とは、シリア北東部を占拠するクルド民族主義勢力への対策であり、これまで同国が支援・黙認してきた反体制派武装勢力諸派やイスラーム過激派は主要な関心事ではない。一方、トルコには360万人ともいわれるシリア人避難民が居住しており、彼らの存在はトルコにとっては経済的負担・世論の不満の源となっている。

 こうした状況下で、過去数年間シリアとトルコはロシア、イラクなどが仲介する協議をしてきたが、ここまで顕著な成果は上がっていない。その原因としては、シリア領を占領するトルコ軍の撤退問題と、クルド民族主義勢力を抑える上でのシリア政府の能力が不安視される問題が考えられる。その一方で、領域占拠・天然資源利権のようなクルド民族主義勢力の既得権益を剥奪し、長期的にはその解体を目指すことについては両国の利害は一致しているように見える。当座は、8月に実施予定のクルド民族主義勢力による地方自治体選挙を阻止することがシリア、トルコだけでなくこれ以上の地域情勢の緊張を望まない関係諸国の目標となる。また、2020年初頭のイドリブ県での戦闘の停戦に際し、シリアの沿岸部とアレッポとを結ぶ幹線道路の再開が合意されたが、これを実現することがシリア・トルコの関係正常化協議の中で上げることが可能な可視的な成果と考えられている。この件については、2020年8月以来中断している当該幹線道路でのトルコ軍とロシア軍との合同パトロールの再開が準備されているともいわれている。クルド民族主義勢力の既得権の剥奪と、幹線道路の再開という短期的・実利的目標をどの程度達成できるかが、シリア・トルコの関係正常化とその象徴としての両国首脳会談実現の可能性を判断する指標となろう。

(協力研究員 髙岡 豊)

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