中東かわら版

№9 パレスチナ:ガザ地区での飢餓の広まり

 2024年4月10日、アメリカ合衆国国際開発庁(USAID)のパワー長官は、ガザ地区の人道状況について下院の外交委員会で証言した。同長官はガザ地区で実際に飢餓が始まっていると証言したが、4月11日付『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)によるとアメリカの政府高官がガザ地区での飢餓の広まりを公式に論じるのは初めてのことだ。2023年10月7日にガザ地区での戦闘が始まって以来、同地区に搬入された援助物資は必要量に対し著しく不足している上、複数の人道援助団体はイスラエル軍による攻撃が続く中で援助物資をガザ地区北部に届けることは不可能だと主張している。

 パワー長官は北部をはじめとするガザ地区で飢餓が迫っていると訴えた独立の国際機関の評価を「妥当なもの」と評した上で、議員からの質問に実際に飢餓が始まっていると答弁した。同長官によると、2023年10月7日以来ガザ地区の子供の栄養失調の割合が顕著に上昇しており、戦闘が始まる以前のガザ地区北部では栄養失調の子供はほぼいなかったが、現在は3人に1人が栄養失調状態にある。同長官は、5歳未満の子供で栄養失調の者の割合は、2024年1月の時点で16%、同2月で30%であると述べたうえで、3月の数値でも(割合の上昇が)続いていることが予想されると指摘した。また、同長官は穀物貯蔵庫、市場、耕作可能な土地が破壊されている上、援助物資の搬入が極めて少ないことに鑑みれば、飢餓の悪化を避けるためにすべきことは膨大だと述べた。

 なお、パワー長官は国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)とハマースとの共謀や同派が援助物資を窃取しているとのイスラエルからの非難について、イスラエルの非難を裏付ける証拠を見ていないと証言した。同長官は、UNRWAはガザ地区内部で効果的に援助物資を配分するためのネットワークを持つ唯一の機関である述べた。UNRWAへのイスラエルの非難については、アメリカのサターフィールド人道問題担当特使もイスラエルがハマースが援助物資を盗取しているとの証拠を提示していないと述べている。

評価

 ガザ地区、特に援助物資の搬入が困難な北部で飢餓が発生し、栄養失調による死者が出ていることは以前から国際機関などが警告を発していたが、アメリカ政府の高官が議会での証言で飢餓の発生を認めたことで、問題の深刻さが改めて確認された。ガザ地区への援助物資搬入については、4月1日にイスラエル軍の攻撃によりワールド・セントラル・キッチンの職員が殺害される事件が発生したことを契機に、アメリカ政府の対イスラエル観が著しく悪化していると考えられており、この問題についてのアメリカの政府・議会の動向もこうした状況を反映している。ただし、実際の援助物資搬入状況は全く改善しておらず、ヨルダン軍が中心となって実施している空中からの物資の投下やエジプト方面からのごくわずかな物資の搬入を除けば物資の搬入は行われていない。

 また、2023年10月7日のハマースによる襲撃にUNRWA職員が関与したとのイスラエルの非難を受けてUNRWAへの資金拠出を停止しているアメリカでも、政府高官がイスラエルの非難を裏付ける証拠を得ていないとの証言も注目すべき点だ。この問題では、本邦を含む各国がUNRWAの活動の検証措置の導入を受けて資金拠出を再開している。UNRWAに対するイスラエルの非難についての国際的な対処や評価が定まりつつある。ガザ地区やパレスチナだけでなく、隣接国での活動に鑑みれば、パレスチナへの支援でUNRWAが果たしうる役割を否認したり、これに代替する枠組みを構築したりすることは困難だろう。ただし、今後ガザ地区の人道状況を改善するためには、必要な量の物資を、あらゆる当事者による妨害や恣意的運用を排除し、効率的に配分するという極めて困難な課題を克服しなくてはならない。また、実効性のある援助を実施するための前提条件ともいえる停戦のめども立っていないことから、最小限の物資の搬入ですら至難となっている現状打開の展望は依然として開けていない。

(協力研究員 髙岡 豊)

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