中東かわら版

№8 イラン:イスラエルに対する報復攻撃をめぐる警戒の高まり

 2024年4月1日のイスラエル軍によるとされるダマスカスにあるイラン領事館ヘの攻撃を受けて、イランのイスラエルに対する報復攻撃への警戒が高まっている。4月5日付『エルサレム・ポスト』紙は、イスラエルの在外公館28館が一時的に閉鎖したと報じた。また、5日付『CNN』も、イスラエル及び米国権益を標的としたイランによる顕著(significant)な攻撃は不可避であり、翌週(注:4月7日に始まる週に相当)にも発生する可能性があるとの米国政府の評価を伝えている。本件をめぐる、イラン政府高官の発言や対応は以下の通りである。

 

ハーメネイー最高指導者

●神のお力により、我々はシオニスト政体(注:イスラエル)にこの犯罪を後悔させる(2日付声明)。

●シオニスト政体は日に日に弱体化している…(中略)…シリアで行ったことには平手打ちを受けることになるだろう(3日付演説)。

*また、ハーメネイー最高指導者は、殺害された革命防衛隊員7人の葬儀に参列した(4日)。

 

サラーミー革命防衛隊総司令官

●敵からイランの神聖なる施設に対する如何なる攻撃も、報復を受けないで済まされることはない(5日、ゴドスの日における発言)。

 

バーゲリー軍参謀長

●イスラエルによる攻撃が報復を受けないことはあり得ない、報復攻撃をいつ、どのように行うかを決めるのはイランである(6日、ザーヘディー准将の葬儀における発言)。

 

サファヴィー最高指導者付軍事顧問(元革命防衛隊総司令官)

●シオニスト政体のすべての大使館はもはや安全ではない、このため恐怖心から28館を閉鎖したのである(7日付報道)。

 

 4月8日には、アブドゥルラヒヤーン外相がシリアを訪れ、イスラエル軍によって破壊された領事館庁舎に代わる、新しい領事館庁舎の開所式に参加した。

 

評価

 4月1日のイラン領事館庁舎攻撃事件で革命防衛隊幹部ら7人(及びシリア人5人)が殺害されたことで、イランによる報復攻撃の可能性が高まっている。外交関係に関するウィーン条約では外交使節団の公館は不可侵と規定されており、今般イスラエルが取った軍事行動はイランへの主権侵害に当たる。

 このような状況下、イランがいつ、どのように、何を攻撃するのかを予想することは重要だが、イラン体制指導部内でも議論は進行中であると見られ、予測は非常に難しい。こうした中、過去の類似の事例を参照しておくことにはそれなりの意味があるだろう。

 2020年1月3日、米無人機攻撃によってソレイマーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官が殺害された際、革命防衛隊は「殉教者ソレイマーニー」作戦と銘打ち、その5日後にイラクのアンバール県にあるアイン・アサド基地を地対地ミサイルで攻撃した。同攻撃でイランは米国側に死者を生じさせなかった。トランプ米大統領(当時)は、イランは「引いた」(stand down)との認識を示し、双方それ以上事態を悪化させることなく、幕引きが図られた。

 また、2023年12月25日にイスラエル軍がダマスカス近郊で革命防衛隊のムーサヴィー准将をミサイル攻撃で殺害した際、革命防衛隊は2024年1月16日にイラク北部クルディスタン自治区にあるモサド本部と称する建物を標的に地対地ミサイル攻撃を行った。同隊は、この本部がスパイの作戦立案の中心だと主張した(詳細は『中東かわら版』2023年度No.158参照)。この際、イスラエル人に被害は生じなかった。

 過去、革命防衛隊は、攻撃実行主体(米国あるいはイスラエル)の権益に対して、受けたのと同じ方法(ミサイル攻撃)で直接的に報復を行ってきた。これらの際、イランによる報復は精密にコントロールされ、戦力差も計算に入れ、その規模は最初に受けた攻撃よりも抑制されていた。基本的に、イランの対外政策は抑圧者に対する抵抗を旨としており、防衛に際しては比例原則を越えない傾向が見られる。過去の事例を踏まえて、今回の報復も現実的に検討されることになるだろう。但し、今次事件では、イラン大使館が直接被害を受けており、その点は先例と異なる。

 現在、イラン体制指導部としては復讐を果たさざるを得ない一方、イスラエルから更なる激しい報復を招く事態は避けたいと考えている可能性がある。現在、イランとアラブ諸国間では関係改善が進み、ガザ情勢を巡っても「抵抗の枢軸」諸派がイスラエル及び米国への攻勢を仕掛けるなど、全体的にイラン優位の方向に事が進む。現在の状況を失うリスクを考慮すると、イランは迂闊な判断をできない。また、仮に核保有が確実視されるイスラエルとの戦端が開けば、核抑止の術を持たないイランは圧倒的な劣勢に立たされることにもなる。つまり、イランは、公の発言とは反対に、リスクも考慮に入れた上で、実際の報復の時期、手段、標的、規模を慎重に見極めようとしているのだろう。

 もっとも、米国がイランに自国権益を攻撃しないよう要請したとの報道も散見される中、イランがイスラエル権益を狙って報復に及ぶ可能性は残る。安全管理面では、邦人らが、イラン近隣のイスラエル権益に近寄らない等の予防策を講じることが求められよう。

 

【参考】

「イラン:イスラエルによる革命防衛隊幹部殺害に対する反応」『中東かわら版』No.3、2024年4月2日。

「シリア:イスラエルがダマスカス市内のイラン領事館を爆撃」『中東かわら版』No.1、2024年4月2日。

(研究主幹 青木 健太)

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