中東かわら版

№7 イラン:ジェイシュ・アル・アドルが南東部シースターン・バローチスターン州の革命防衛隊基地等を襲撃

 2024年4月4日未明、ジェイシュ・アル・アドルが、南東部シースターン・バローチスターン州のチャーバハールとラースクにある治安機関の基地等を襲撃し、革命防衛隊等との間で長時間続く交戦が発生した。革命防衛隊は4日夕方、テロリスト達とスパイ・サービス(注:具体的に何を指すかは不明)と関係のある武装勢力が軍・警察等の基地5カ所を攻撃し、戦闘の末、武装勢力18人が死亡、治安部隊員10人が死亡したとの声明を発出した。革命防衛隊は同声明において、地域及び地域外の敵、テロリスト、及び、スパイ・サービスに雇われた武装勢力に対し、国家安全保障と人民の平和な暮らしはイランのレッド・ラインであり、脅威に対しては断固対応すると警告した。

 こうした中、ジェイシュ・アル・アドルは4日に「ラマダーン月における連鎖作戦に関する声明」を発出し、今次攻撃の実行を認めた。同声明はムジャーヒディーン168人が革命防衛隊チャーバハール司令官やラースクの革命防衛隊基地等の4カ所を標的に攻撃を仕掛け、200人以上を殺害したと主張した。また、同声明は今次作戦の目的について、シーア派信徒700万人をバローチ人の土地に移住させようとする「モクラーン海岸開発計画」を挫くことだと説明した。同声明は、バローチスターンの人々は自分達の愛すべき土地がヴェラーヤテ・ファギーフ体制(注:イラン・イスラーム共和国体制を指す)の遊び場になることを許さない、同体制はバローチスターンの海岸にインド、ロシア、中国等の近隣の大国が入り込む道を開いたと批判した。

 

評価

 犯行声明を出したジェイシュ・アル・アドルとは、イラン南東部とパキスタン南西部の国境付近で活動するスンナ派過激主義組織である。同勢力はイランからの分離独立を主張する他、イラン南東部シースターン・バローチスターン州で散発的に攻撃を実行してきた。2023年12月15日には同州ラースク警察本部を襲撃し、警察官11人を殺害した。この事件を受けて、革命防衛隊が2014年1月16日にパキスタン領内のジェイシュ・アル・アドルの拠点にミサイル越境攻撃を仕掛けたことで注目を集めたばかりである。

 各種報道及び声明を見る限り、今次攻撃は綿密且つ組織的に計画されたものであり、イラン体制が推し進める開発計画に反対の意を示すという、すぐれて国内的文脈から引き起こされたものであるようにみえる。ジェイシュ・アル・アドルが敵視する「モクラーン海岸開発計画」は、ホルムズ海峡以東のオマーン湾に面する海岸線モクラーン海岸を総合開発する国家的な開発計画であり、チャーバハール港開発、ジャースク港開発等が含まれる。ジェイシュ・アル・アドルはこの計画が、地元住民であるバローチ人の利益を脅かすと主張している模様である。イラン体制は、チャーバハール港への外国からの投資誘致に力を入れるなど、同計画を重視していることから、今後ジェイシュ・アル・アドル掃討作戦に当たることになるだろう。この過程では、パキスタン領内にあるとされるジェイシュ・アル・アドルの潜伏地への対処をどうするのかが課題となる。本年1月に行ったようにパキスタン南西部への越境攻撃を敢行するようであれば、二国間関係に深刻な悪影響を及ぼすものと考えられる。また、これまで、パキスタンのグワーダル港開発は治安情勢の悪化で進展が遅れていたものの、イランのチャーバハール港開発については治安情勢の影響は限定的だった。今次事案が、インドが積極的に投資するチャーバハール港開発の趨勢に悪影響を与えることも考えられる。

 また、根拠は不明ながらも、革命防衛隊が本件を外国のスパイ組織と関連付けるような声明を出している点にも留意が要る。外国及び国外機関がジェイシュ・アル・アドルを背後から支援しているかは不明である。他方、イランが、ジェイシュ・アル・アドルの背後にイスラエルがいるといったストーリーを前面に押し出すことで、同勢力に対する報復を、ダマスカスにあるイラン領事館庁舎に攻撃したイスラエルに対する報復と位置づける可能性も排除されない。

 

【参考】

「イラン:パキスタンに越境攻撃を実施」『中東かわら版』2023年度No.159、2024年4月5日。

(研究主幹 青木 健太)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP