中東かわら版

№180 イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#18――増加する飢餓の兆候

 ガザでは、戦闘は一段落しているが、北部を中心に治安・秩序の維持が困難になりつつある。また北部では、飢餓の兆候が出始めた。こうした事態に、米国やEUはガザへの直接的な人道支援を開始した。

 北部のガザ市郊外では、イスラエル軍は3月4日、2週間にわたるハマース掃討作戦が終了したと発表した。イスラエル軍が一旦制圧した地域に、ハマース戦闘員が戻っている模様である。南部ハーン・ユニスでは、市内での戦闘が継続中。イスラエル軍は、3月4日時点で、市内のトンネルの85%を破壊したと発表した。最南端のラファフに対する空爆は実施されているが、地上攻撃はまだ開始されていない。米国は、住民の保護計画なしでのラファフ攻撃に容認しないと明言している。イスラエルは、まだ同計画書を米国に提示していない。

 人質解放交渉は、パリからカイロ、その後ドーハで継続されているが、進展していない模様。報道では、ハマースが、生存している人質の名簿を出さないこと、また最終段階で、イスラエル軍のガザ撤退と恒久的休戦の実施を主張していることが対立点のようだ。

 戦争閣議のガンツ無任所相は、3月4日から6日にかけて米国と英国を訪問した。同訪問は、ネタニヤフ首相の承認なしに行われた。ガンツは、ハリス副大統領、ホワイトハウスNSCのサリバン補佐官、ブリンケン国務長官、オースティン国防長官、議会幹部らと会談した。英国では、外相、首相らと会談した。米国と英国は、ガンツ無任所相に、ガザへの人道支援の重要性を訴えた。外交面で面目を失った形のネタニヤフ首相だが、内政でも求心力を失いつつある。

 2月以降、ガザ内の社会秩序の崩壊を示す事例が増加している。3月になると、飢餓の発生の予兆が出現・増加している。イスラエルに支援物資のガザ内搬入の大幅な増大を要請していた米国やEUは、状況の悪化を受けて、直接的な支援活動を開始した。米軍は、3月2日からヨルダン軍と協力して食料(毎回約4万食前後)の空中投下を開始した。バイデン大統領は、3月7日、議会で行った一般教書演説の中で、ガザの沖合に仮設の桟橋を作り、ガザへの食料輸送を開始すると述べた。EUは、UAEと協力して、キプロスから海路で援助物資を輸送する事業を3月8日から試験的に開始した。ただ海路で運ばれた支援物資を陸上で、誰がどう配布するかは不明である。餓死が発生する前兆とされる栄養失調と脱水症状による死者は、3月初旬段階で20数例発生している。

 

評価

 ガザ戦争前、ガザに入るトラック台数は1日あたり平均500台だった。これは人道支援物資に加えて一般の商品の輸送も含まれる。UNRWA発表(3月7日)ではガザでの戦闘開始後の10月21日から今年3月6日間は、平均108台となり、1日あたりのトラック台数は約8割減少している。2月には、警備されない国連のトラックが略奪の標的となり、WFPなどは人道支援物資の輸送を停止した。一方、イスラエル軍は、国連や国際援助機関を支援して物資の輸送・配布の再開ではなく、まったく別の方法として、ガザの商人らによる人道支援物資の輸送を開始したようだ。イスラエル軍と協力する民間人は、部族勢力とも言われているが、詳細は不明である。国連側は、ガザに十分な人道支援物資が届かないのは、治安の悪化もあるが、イスラエル軍の過剰検査が原因だと主張している。イスラエル軍は、国連が物資の配給努力を怠っていると反論している。

 2月29日には、久しぶりにガザ北部に到達した支援物資を積んだ民間輸送車列に群衆が群がり、略奪を開始し大混乱となった。この際、120人前後が死亡し、750人以上が負傷する惨事が発生した。現場にいたパレスチナ人住民や負傷者を治療した医師らは、イスラエル軍の銃撃により死傷者が出たと主張し、イスラエル軍は、大半は群衆が折り重なったための圧死が大半だと反論している。両者の主張は、対立したままである。同惨事の後、米国はガザ住民への直接的な支援活動を開始した。しかし、飛行機での物資輸送は、量またコスト面で、トラック輸送の代替とはならないと言われる。また仮設の桟橋を使った船での物資輸送より、イスラエルにある港湾施設を利用したほうが効率的なのは自明である。米国やEUは、実際の効果は不十分でも、ガザでの飢餓発生を放置・傍観しない姿勢を示すために直接的な支援活動を開始したのかもしれない。イスラエルは、国際社会の理解と異なり、ガザ住民の食料を確保するのは、自分たちの責任ではないと思っている節がある。そのため、ガザで飢餓が発生する事態になった場合、国際社会でイスラエル非難が増大し、イスラエル支持がさらに弱まることへの懸念は薄いようだ。9日、バイデン大統領は、ネタニヤフ首相のガザ政策を、「自国を救うというよりも傷つけている」と批判した。栄養失調で瘦せこけた子供たちの写真がSNSやメディアで流れている。こうした映像が、国際世論に与える影響は、イスラエル政府・国民に好意的なものにはならないのは確実だ。

 ネタニヤフ首相をめぐる内外の政治状況は、首相にとって、悪化の一途をたどっている。バイデン政権は、国内で高まるイスラエル非難を考慮して、ネタニヤフ首相への批判を強めている。米国は、首相の許可を得ていないガンツ無任所相の米国訪問を受け入れた上に、厚遇した。ハリス副大統領は、8日、国民とネタニヤフ政権は、区別して考えると発言した。9日、バイデン大統領は、イスラエル国会で演説して直接国民に語りかける選択肢に言及した。内政でも、ネタニヤフ首相の立場は苦しくなっている。ガザ統治について、閣内の極右政党の存在もあり、まだ方針を決められないでいる。そのため、秩序が崩壊しつつあるガザの状況に対応できていない。また国内では、神学生の兵役免除問題(最高裁が、神学生の兵役を免除するなら、法律を作成するよう命令したが法律は未成立)が、再び、政治問題化している。連立する宗教政党は、神学生が徴兵されたら連立は終わりだと首相を脅している。さらに、2021年に起きた宗教行事での事故で45人ほどが死亡したマロン事件では、3月5日、調査委員会が、ネタニヤフ首相に個人的な責任があるとの判断を示した。ネタニヤフ首相は、この結論に曖昧に対応している。ネタニヤフ首相は、決断すべき課題を抱えながら、決断すると政権が崩壊するかもしれない状況の中に置かれている。そしてイスラエルは、内閣が決断しないと国家の先行きに悪影響を与えることが避けられない状況に直面している。この政治的袋小路状態を、誰がどう打破するかで、今後のイスラエル内政と外交の方向が決まるだろう。

(協力研究員 中島 勇)

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