中東かわら版

№177 イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#17――懸念される社会の秩序崩壊の兆し

 国連世界食糧計画(WFP)は、2月20日、ガザ地区北部まで支援物資を安全に届けることができないため、北部での食糧支援を一時中断すると発表した。報道では、援助活動が支障をきたすような治安・秩序の乱れが、ガザ北部などで2月10日前後から発生している。そのためガザに入る支援物資を積んだトラックの台数が、大幅に減少した。ガザに入った援助物資を積んだトラックは、ハマース系の警察官らが警備していた。しかし、イスラエル軍が、同警察官らを攻撃・殺害したため、トラックの積荷と運転手らは護衛を失った。その結果、統制できない群衆らによる積荷の強奪や運転手への暴行が増加した模様である。21日には、国連・国際援助機関など19組織が連名で、支援活動を安全に行うために、停戦や人質解放など10項目の措置を行うよう求める声明を出している。報道(24日)では、米国はイスラエル軍にトラック警備を行うハマース系警察官への攻撃停止を要請したが、イスラエル軍は拒否した。同軍は、警察による治安・秩序維持も含めたハマースのガザ統治を終了させると主張し、秩序維持のための代替制度を構築すると米国に返答した。イスラエル軍は、試験的に北部の一部地域で、地域のリーダーらと協力して食糧配布体制を構築することを計画している。この代替制度がいつから機能するか定かではない現状では、当面、ガザ北部への支援物資輸送が、停止・制限される状況が続くだろう。北部住民の食糧状況は、さらに悪化する。一部住民らは、食事の回数を減らし、小麦粉の代用として家畜の飼料を食べているようだ。

 戦闘は、南部ハーン・ユニスを中心に継続されている。北部では、イスラエルが制圧を宣言した地域でも、残留するハマース部隊との戦闘が散発的に発生している。24日、ネタニヤフ首相は、来週の閣議でラファフ攻撃計画と避難民移送計画を協議すると発表した。戦争閣議のガンツ無任所相は、ラマダーン開始(3月10日見当)までに人質解放交渉で合意がない場合はラファフ攻撃を開始すると明言している。

 人質解放交渉では、新たな動きが出ている。23日、イスラエルの交渉団がパリを訪問、交渉を仲介している米国・カタル・エジプトから新たな交渉の枠組に関する提案を受けた。24日、同代表団から説明を聞いた戦争閣議は、継続協議を行うために代表団をカタルに派遣することを決定した。報道では、交渉の前段階である交渉の枠組に関する協議で前進があった。人質解放交渉に関する動きは、2月初旬~中旬の間は不活発だったが、21日、ガンツ戦争閣議無任所相は、交渉の枠組協議で前進の兆候があると述べた。同発言と関係するか不明だが、20日、約1カ月前にガザ内の人質に送られた薬が人質らに届いたことをカタル政府が確認している。同確認は、なぜか取れない状態だった。

 ガザ戦争後、ガザ統治をめぐる構想で、バイデン政権は、イスラエルの反対を承知で2国家構想などを採用する姿勢を強めている。こうした中、イスラエル閣議は、18日、ネタニヤフ首相の呼びかけを受けて、パレスチナ国家の一方的承認に反対する宣言を採択した。21日、国会は、同宣言を賛成99票で支持する決定をした。さらに22日、ネタニヤフ首相は、治安閣議で、ガザ統治に関する自分の考えを記載した文書を配布した。内容は、ネタニヤフが、これまで発言してきた支持者向けの発言と同じであるが、初めて文書の形にして提示した。配布した文書について、配布だけで終了するのか、あるいは、今後、政府あるいは内閣での議論を行い、イスラエル政府の決定にするかなどは不明である。パレスチナ自治政府は、機能しない構想と非難、米国政府やイスラエルの野党からの特段の反応はない。

 

評価

 支援物資を積んだトラックに、群衆が群がり、物資の略奪を行う事件が増加している。略奪シーンの映像はマスメディアやSNSで見られる。こうした風景は、ガザの一部で、社会的な秩序の崩壊が生まれていることを明確に示している。背景には、北部での食料不足のさらなる悪化とハマース警察官の排除による警備体制の弱体化がある模様である。こうした状況が、早急に改善される状況にはないようだ。このままでは、戦中・戦後のガザの秩序維持は、誰が統治するにしても厄介な問題になるかもしれない。

 ラファフをめぐる状況が、緊迫している。ラファフは、ハマースに残された最後の拠点である。イスラエル人の人質の多くは、ラファフで拘束されていると推定されている。再度、あるいは複数回、人質奪還作戦が実施されるかもしれない。戦争閣議のガンツ無任所相は、人質解放交渉が進展しない場合、ラマダーン期間中でも、ラファフ攻撃を開始すると明言している。ガラント国防相やハーレビ参謀総長は、ラファフへの攻撃の構えを作ることが、人質解放を促す圧力になると主張している。「完全な勝利」を目指すネタニヤフ首相は、ラファフ制圧なくして勝利なしと主張している。米国は、ラファフ及び南部に押し込まれた避難民の移送計画なしでのラファフ攻撃に反対している。エジプトは、イスラエル軍のラファフ攻撃自体に反対している。

 人質解放交渉では、イスラエルは、ハマース側が主張していた条件は非現実的だと見ていたので、イスラエル側から見て、今回、協議が開始できるより現実的な条件が、ハマースあるいは仲介者から提示されたと推定される。交渉の進め方では、前回のカイロでの協議の際は、ネタニヤフ首相が、戦争閣議に諮らず、独断で代表団への指示を行ったため、戦争閣議のガラント国防相とガンツ無任所相が不満を強めたと報道されている。今回のパリでの協議に関しては、戦争閣議全員の判断で代表団の派遣やカタルでの協議継続が決定されている。今回は、戦争閣議が交渉に関する決定をしているが、今後、人質解放交渉で進展があり、大きな決断が必要とされる場合、どのレベルの閣議(戦争閣議、治安閣議、拡大閣議あるいは通常の閣議)が最終的な判断を下すかで対立・混乱が起きる可能性もある。

(協力研究員 中島 勇)

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