№168 パレスチナ:UNRWAへの各国の資金拠出一時停止の反響
2024年1月26日、イスラエル政府は国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員がハマースによる襲撃(注:2023年10月7日。ハマース側の呼称は「アクサーの大洪水」攻勢)にガザ地区で活動しているUNRWAの職員が参加したり、ハマースを支援したりしたと主張した。これを受け、本稿執筆時点でアメリカ、カナダ、オーストラリア、イタリア、イギリス、フィンランド、ドイツ、オランダ、フランス、スイス、日本、オーストリア、ニュージーランドなどがUNRWAに対する資金拠出を一時停止すると発表した。こうした動きに対し、スペイン、アイルランド、ノルウェー、EU委員会などは支援を継続する方針である。国連は、襲撃に関与したとされる職員12人のうち9人を解雇し、その他の調査を進めていると発表したが、イスラエルはガザ地区のUNRWA職員(約1万2000~1万3000人)のうち1割程度がハマースやイスラーム聖戦運動(PIJ)と関与していると主張している。また、アメリカ政府は資金拠出の再開のためにはUNRWAの「根本的変革」が必要だとの立場を表明している。
一方、「オクスファム」、「セーブ・ザ・チルドレン」を含む国際的な援助団体21団体は、1月30日に共同声明を発表し、「UNRWAはガザ地区と地域での主要な援助供給者であり、資金拠出停止は200万人以上に対する基礎的支援の提供に影響を与える」と不快感を表明した。また、アラブ諸国からも、シリアが資金拠出の停止を非難したほか、カタル、ヨルダンなどもUNRWAへの支援継続が必要だとの立場である。また、レバノンではベイルート市内のUNRWA事務所前でパレスチナ人数百名が抗議行動を行った。
評価
各国が資金拠出を停止してUNRWAの活動が停滞することは、ガザ地区だけの問題、あるいは今般の紛争だけにかかわる一時的問題ではない。資金拠出の停止による影響は、ガザ地区だけでなく、UNRWAの他地域の活動にも影響を与えることを忘れてはならない。同機構は、1949年の設置以来、パレスチナ被占領地だけでなくヨルダン、シリア、レバノンに在住するパレスチナ難民への教育や医療などの各種サービスの提供や、彼らの居住のための社会基盤の整備などを担当しており、現在は約590万人が支援対象の難民として同機構に登録している。つまり、UNRWAの活動が滞ることは、ヨルダン、シリア、レバノンに在住するパレスチナ難民の生活水準にも深刻な影響を与えるということである。UNRWAの活動は、シリア紛争、トランプ政権による資金拠出拒否(2018年)、ウクライナ戦争に影響された支援の減少など長期間にわたって困難にさらされている。紛争地で活動する国際機関・援助機関が、現地の「望ましくない」組織や勢力の浸透を受けることを完全に防止するのは難しいかもしれないが、UNRWAとして中立性は確保すべきである。他方、UNRWAへのハマースの浸透を理由に同機構への資金拠出を全て停止することはUNRWAの存在基盤や活動を根本的に動揺させることにもなりかねない。また、アラブ諸国の世論を中心に、資金拠出の停止は「パレスチナ問題やパレスチナ難民の抹殺」に等しいとの陰謀論的な論調を招きかねない。また、パレスチナ難民の生活水準の低下は、難民にだけでなく現在の居住地の社会不安にもつながりかねないため、パレスチナ被占領地外でのUNRWAの活動については、事案ごとの物品提供のような形で援助を継続する方策などが必要となろう。
(協力研究員 髙岡 豊)
◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/