中東かわら版

№166 シリア・ヨルダン・イラク:「イラクのイスラーム抵抗運動」の攻撃でアメリカ軍に死傷者

 

 2024年1月28日、アメリカのバイデン大統領はヨルダン北東部に位置するアメリカ軍基地が無人機により攻撃され、アメリカ兵3人が死亡したと発表した。同大統領は、攻撃は「イランに支援された民兵」だと主張した。なお、アメリカ中央軍は、攻撃を受けたのはヨルダン北東部に位置する「タワー22」と呼ばれる施設で、攻撃により3人が死亡、34人が負傷したと発表した。同基地には、アメリカの陸軍、空軍の要員計350人が駐留し、「イスラーム国」対策のための連合軍への支援などの活動をしていた。アメリカ軍は、調査の初期段階の見解として、施設の周辺を飛行していた味方の無人機と攻撃のために飛来して無人機との識別に失敗したことが、攻撃を阻止できなかった理由であると発表した。一方、ヨルダン政府はこの攻撃について、アメリカ軍の兵士が死傷した攻撃はシリア領内のタンフ基地に対する攻撃であり、ヨルダン領内での攻撃は発生していないと発表した。なお、1月28日は、「イラクのイスラーム抵抗運動」名義でシリア領内のシャダーディー、タンフ、ルクバーンのアメリカ軍基地と、パレスチナ被占領地の海洋拠点を無人機で攻撃したと発表する声明が出回っている。

 シリア領内に違法に設置されたアメリカ軍基地、イラクに駐留するアメリカ軍基地は、これまでも度々ロケット弾や無人機による攻撃を受けてきた。特に、2023年10月半ば以降はイスラエルによる攻撃にさらされるパレスチナ人民への支援と称し「イラクのイスラーム抵抗運動」名義で攻撃についての声明や動画が出回るようになった。ただし、この名義でこれまでヨルダン領内のアメリカ軍施設を攻撃したと発表するものはない。なお、今般の攻撃に関係する施設などの位置関係の概略は下図の通り。

シリア・イラク・ヨルダンの国境地帯周辺図

出典:筆者作成

評価

 上の地図の通り、アメリカ軍は2016年3月以来、「シリアの反体制派支援」、「イスラーム国」対策を口実にシリアの「反体制派」民兵を支援する体裁でタンフとその周辺を占領していた。地図中の赤枠で囲まれた地域は、「55キロ地帯」と呼ばれ、シリア軍や親シリア民兵、ロシア軍などの侵入を許さない地域と設定された。地域内にはアメリカ軍のタンフ基地とルクバーン基地が設置されているが、タンフ基地はシリアの諸都市(とその西方の地中海)と、イラク(とその背後のイランやアラビア半島)との陸路の往来を妨害し、地中海方面へのイランの進出や、シリアの復興に不可欠なイラク・イラン・アラビア半島諸国とのヒト・モノの移動を遮断してきた。ルクバーン基地は、ヨルダン方面に逃亡したシリア難民・避難民を収容するルクバーンキャンプ付近に設置され、ヨルダンとの国境を挟んで今般攻撃を受けたとされる「タワー22」の施設に近接している。

 今般の攻撃の後、アメリカは攻撃に「報復」する方針である。しかし、この「報復」は、「親イラン勢力」によるイラクやシリアでのアメリカ軍への攻撃を「抑止」する程度に強力なものになるべきと考えられている一方、イランとの全面対決を避ける程度に「抑制された」ものにする必要があるという、加減が難しいものとなりそうだ。「報復」には、イラクやシリアで活動する「イランの民兵」やイランの革命防衛隊の施設や人員への攻撃、革命防衛隊幹部の暗殺などが考えられるが、アメリカにとって「適正」な程度の「報復」が、イランにとってもそうである保証は全くない。29日昼には、イスラエル軍がダマスカス南方の諸拠点を航空攻撃し、攻撃により革命防衛隊の顧問を含む複数が死傷したとみられている。イスラエルによる民間施設も含むシリア領への攻撃は、国際的にいかなるとがめだても受けずに日常化しているが、今般の攻撃はアメリカによる「報復」の機運を代行、先取りするかのようなものでもある。そのためイスラエルが実行するものも含めシリア領への攻撃の激化、イラク領内での攻撃、イラン領への直接攻撃など、イラクとシリアでのアメリカ軍基地への攻撃をめぐる情勢は、より広域的に展開すると思われる。この事態は、2023年10月以来のパレスチナでの戦闘にとどまらず、シリア紛争や「イスラーム国」対策のような地理的にも時間的にもより広範囲の紛争と連動しており、事態鎮静化を目指すのならばこれらの問題をも含む包括的な協議や解決策が必要となろう。

(協力研究員 髙岡 豊)

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