中東かわら版

№165 イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#15――戦略のないネタニヤフ政権

 南部ハーン・ユーニスで激しい戦闘が続いている。イスラエル軍は同市への地上軍による攻撃を12月初旬に開始し、1月23日に包囲したと発表した。同軍は包囲完了後、中心部への攻撃を強化している模様で、24日に市内の一部地域の住民に避難を勧告した。また同市中心にある病院、国連施設などに対する攻勢を強めている。

 人質解放については、当事者及び関係国の間で何らかの動きがあるようだが、「交渉の枠組を協議している段階」(米国・ホワイトハウス)以上の公式発表はない。1月25日、イスラエルの戦争閣議は人質解放交渉について協議し、28日にはカタルの首相と米国、イスラエル、エジプトの情報・治安機関の長官らがパリで会合して詰めの協議を行う模様だ。1月後半の各種報道によれば、イスラエルとハマースは戦闘停止(1~2カ月)、人質全員と囚人の交換、ガザへの人道支援物資搬入の大幅増加で合意した。一方で双方は、釈放する囚人名簿(殺人で服役中の囚人の扱い)と、今回の合意を包括医的合意にするかどうかで対立しているようだ。ハマースは人質解放・囚人釈放合意にリンクする形で恒久的停戦、イスラエル軍のガザ撤退、ハマースのガザ統治の継続保証などを要求しているが、イスラエルがそれを拒んでいる。

 1月26日、ハーグの国際司法裁判所(ICJ)は、イスラエルにジェノサイドを防ぐ全ての措置を取るよう求める仮保全措置(暫定措置)命令を出した。ICJはイスラエルに対し、ジェノサイド防止のほか、ジェノサイドを扇動する行為の防止や処分、ジェノサイドが疑われる行為の証拠保全、ガザの人道状況を直ちに改善するための方策の導入等を命じた。またハマースに対しては人質解放命令を下した。以上につき、ICJは1カ月以内に対策をまとめて報告するようイスラエルに求めたが、イスラエルのジェノサイドをICJに訴えた南アフリカが要求する即時停戦命令の発出は避けた。同決定後、ネタニヤフ首相は虐殺容疑が否定されたとし、イスラエルには自衛する権利があるとした。またイスラエル政府筋は、現状では最良の結果だと述べたと報道されており、パレスチナ側も今回の判断を歓迎している。

 ガザ住民の人道危機的状況は改善されていない。冬季になり、避難民の一部は豪雨・水たまりの中でのテント生活を余儀なくされている。避難民支援で重要な役割を果たしているUNRWAは26日、昨年10月7日のハマースのイスラエル襲撃に関与した職員を解雇したと発表した。関与したのは12人といわれ、9人はすでに解雇、1人は死亡したとされる。これについてはイスラエル軍が証拠を提出したようだが、国連は独立委員会で調査を行うと発表した。また一連の発表を受けて、米国はじめ9カ国がUNRWAへの資金拠出を一時凍結した。

 

評価

 ネタニヤフ政権はハマース撲滅と人質全員解放の2つの目標を明言しているが、戦争及び戦後の戦略を確定していない。すでにイスラエル軍幹部は、戦争後のガザ統治をどうするかの戦略がないと戦闘の進め方を決められないと不満を表明している。ガザ北部では、戦闘が停止した地区でハマース系の行政機関が住民サービスを開始したが、現場の兵士らにはこうした動きにどう対応するかの指針がないようだ。

 こうした状況を受けて、1月16日、戦争閣議のガンツ無任所相は政治決定を先延ばしするネタニヤフ首相に書簡を送り、決断を促したと報道された。ガンツ無任所相が求めた決断は、①誰がエジプト国境沿いのフィラデルフィア回廊とラファフ境界を管理するか、②イスラエル北部の住民はいつ帰還できるか、③ヒズブッラーとの衝突にいつまで外交的手段で対処するのか、④イスラエル軍撤退後のガザでの援助メカニズムの策定、⑤ハマース後のガザ統治計画などである。24日には、ガンツ無任所相は政策を決定するのが戦争閣議であり、テレビスタジオ内ではないとも発言をしている。

 政府の公式決定がない中、極右政党やリクードの政治家の個人的な発言が増加している。その中で最も活発に発言しているのがネタニヤフ首相である。1月19日、ネタニヤフ首相は27日ぶりに米国のバイデン大統領と、約40分間電話会談した。報道では、バイデン大統領はネタニヤフ首相に対して、イスラエルの政策は戦略がなく、理解できないと苦言を呈したようだ。この会談を経てネタニヤフ首相の発言回数が増加した。「パレスチナ国家を認めない」、「ヨルダン川から西側はすべてイスラエルが管理する」、「自分に変わって首相になる者はパレスチナ国家の創設を許す首相だ」などである。こうした主張はネタニヤフ個人の政治的信条表明、あるいは選挙に向けた発言かもしれないが、イスラエル政府の首相としての政策発表ではない。

 極右政党が離脱すると連立政権が崩壊するため、ネタニヤフ首相は極右政党が反対する決定を回避している。戦後のガザ政策あるいは対パレスチナ政策、また早晩迫られるであろう、人質解放とハマース壊滅のどちらを優先するかの最終決断など、戦争遂行のために必要な政治決定を後回しにし、戦時内閣としては機能不全の様相を呈している。こうした中、米国のバイデン政権はガザ戦争後の西岸・ガザ統治、さらにはパレスチナ国家創設といった中東和平問題の議論に湾岸諸国を巻き込み、イスラエルとの関係正常化を含む包括的な中東戦略を立案している模様である。米国には、こうしたイスラエルを含む地域諸国のネットワークを、イランが構築する「抵抗の枢軸」に対抗させる構想もあるようだ。こうした構想・戦略プランを持っている米国からすれば、ネタニヤフ首相が政権維持や首相の座の死守しか眼中にない人物に見えるのは必然だろう。12月30日のテルアビブの集会で、10.7襲撃事件以降、初めて選挙を求める声が上がった。1月に入ると、選挙実施や政権退陣を求める声が加速度的に増加している。

なおUNRWA職員の問題に関しては、関連情報をイスラエル軍が国連に提供した。イスラエル軍は地下トンネル内などでハマースの書類やPCのデジタル情報を大量に押収したと発表しており、同軍がこれらを今後の軍事作戦だけでなく、政治的にも利用するのは確実だろう。イスラエル軍は、地上戦を通して病院や国連施設を攻撃したことを非難されてきた。そのため拘束者の証言や押収した内部資料を用いて、今後病院や国連施設への攻撃を正当化することが考えられる。

(協力研究員 中島 勇)

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