中東かわら版

№164 シリア:情報機関で人事異動と統制強化の動き

 2024年1月25日、シリアの大統領府はアサド大統領が「軍・武装部隊の情報機関の幹部会合を主宰した。会合では、治安部門での再編の影響、諸機関同士の連携強化、テロ対策機関の強化、国際・地域・国内の諸課題に対する戦略に沿った治安上のロードマップの策定が議題になった」と報じた。これについて、同日付の『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)は、今般の会合に先立ち、シリアの情報機関で以下の通り人事異動が行われていたと報じた。

氏名

役職

特記事項

アリー・マムルーク

大統領顧問(治安担当)

国家情報局長より異動

キファーフ・ムルヒム

国家情報局長

少将。軍情報局長より異動

カマール・ハサン

軍情報局長

少将。軍情報局パレスチナ部長より異動

 また、『シャルク・アウサト』紙は上記の人事異動について、マムルーク顧問の移動が失脚なのか昇進なのか見解が分かれていると報じた。シリアの治安筋は、マムルーク顧問が体調不良で入院していたことが人事異動の背景だと述べた。一方、今般の人事異動については、アメリカなどへの対外的なイメージの向上を意図したもの、治安機関に対する政府の統制強化・再編を試みたものなど情報が錯綜している。シリアの情報機関は、2011年のシリア紛争勃発前から長年多数の情報機関が並立して競合する関係だったが、紛争中に個々の機関がロシア、イラン、大統領府、大統領親族と個別に結び付いた上、活動が治安任務を超える広汎なものになっていた。これに加えて、『シャルク・アウサト』紙は治安機関の利害関係がシリア政府の利害関係と衝突するようになっており、これがシリアとアラブ諸国との関係改善の障害となっていたと指摘した。それによると、シリアとアラブ諸国との関係改善のための諸措置は、シリア政府が難民、麻薬取引、国境管理などの諸分野でとる諸措置と「ステップ・バイ・ステップ」で実施される原則で、この原則に沿ってアラブ諸国との関係を改善するには、治安任務以上の権力と化ししばしば相互に抗争する情報機関が障害となっていた。

評価

 シリアで軍や情報機関の人事が公式に発表されることは珍しく、今般のように諸機関を横断するような会合が開催されること、アサド大統領がそれを主宰することが公になることはほとんどなかった。そのため、アサド大統領が諸機関の幹部会合を主宰し、軍の傘下の複数の情報機関同士の連携とテロ対策をはじめとする治安維持任務の実践のためのロードマップの策定についての公式発表は、諸機関内の人事異動や組織の統制について相応の重要決定があったことを示すと考えてよい。現在のシリア情勢は、政府の制圧地の治安情勢は一部を除いて安定し、軍、内務省、諸般の情報機関、民兵などが様々な場所に設置した検問所もダマスカスなどの大都市を中心に撤去される趨勢にある。その一方で、検問所は車両などの通過に際する贈収賄などにより設置した主体の利権と化しており、日常生活をより正常なものに近づけるためには政府や正規の軍・治安機関による統制の強化・一元化が不可欠な局面でもある。今般の会合は、シリアの政治・軍事情勢が非国家主体を含む様々な武装主体が個別に活動する局面から、政府による統制の再建の局面にある中でのものだ。

 一方、情報機関への統制がシリアとアラブ諸国との関係改善の中での動きならば、これを受けてアラブ諸国の側からどのような働きかけがあるのかが次の関心事となる。シリア側には、イスラーム過激派を含む武装勢力を「反体制派」として扇動・支援したアラブ諸国の一部がシリアの再建に不可欠な投資や経済関係の拡大の交換条件として治安機関の統制や麻薬取引の取り締まりや憲法改正のような内政干渉まがいの要求を出すことに不快感を募らせているものと思われる。2023年5月のシリアのアラブ首脳会議復帰以来、シリアとアラブ諸国との関係改善は公館の再開や要人往来のような象徴的な分野にとどまっており、双方が実践面で満足できる措置や行動をとっているとはいえない。以上のような状況にアメリカやEU諸国が科す対シリア制裁が重なるため、シリアとアラブ諸国との関係改善については、今後も様々な場面で停滞し、社会・経済的には「ゆっくりと」実践されるにすぎないだろう。

(協力研究員 髙岡 豊)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP