中東かわら版

№162 イラク:アメリカ軍が人民動員隊の拠点複数を攻撃

 2024年1月23日夕刻、アメリカ軍はイラク領内で「イランに支援された民兵」の拠点3カ所を精密攻撃したと発表した。発表によると、攻撃は「中東でアメリカ軍に対して繰り返される攻撃に対する防衛的反撃の一環」である。攻撃を受けたのは、人民動員隊に参加する民兵の一つの「ヒズブッラー部隊」で、バグダード南方のジュルフ・サハル(ジュルフ・ナスル)と、シリアとの国境付近のカーイムの拠点で、少なくとも2人が死亡した。なお、人民動員隊は、2014年に「イスラーム国」がイラクの広域を占拠した際、イラク軍や連合軍に代わって同派を鎮圧する地上兵力としてシーア派の諸党派を中心にイラクの政治・宗教勢力が編成した民兵の連合体である。人民動員隊に参加する諸派の一部は、イランから装備や訓練の提供を受けている上、国会議員や閣僚を輩出する政治勢力とも結びついている。また、人民動員隊は2016年に成立した関連法規によりイラクの治安部隊としての公式な地位を得ている。

 一方、2023年10月以来、人民動員隊の諸派は「イラクのイスラーム抵抗運動」名義でイラク領内にとどまらず、シリアのアメリカ軍の拠点や、イスラエルとその占領地に対して攻撃を行ったと発表している。諸派は、イラクとシリアのアメリカ軍を占領軍とみなしており、パレスチナでのイスラエルによる攻撃をアメリカの支援を受けたものであると認識し、「ガザの民への支援」としてアメリカ軍などを攻撃していると主張している。このため、今般の攻撃を受け、人民動員隊の一つの「サイード・ジュハダー部隊(殉教者部隊)」のアブー・アーラーウ・ワラーイー書記長はSNSに、「我々に対するアメリカの攻撃が常態化する中、我々のムジャーヒドゥーンは作戦の第二段階を開始した」と表明し、「第二段階は、地中海のシオニストの海運を封鎖し、シオニスト政体の港湾を使用不能する」と投稿した。また、「ヒズブッラー部隊」のジャアファル・フサイニー軍事報道官は、「抵抗運動はアメリカに支援された野蛮な戦闘マシーンが停止し、封鎖が完全に解除されるまでガザの民を支援して敵どもの拠点への攻撃を続ける」と表明した。

評価

 アメリカ軍によると、イラクとシリアでの同軍の拠点に対する攻撃は150回に達している。現時点でアメリカ軍の死者はおらず、この点で「イラクのイスラーム抵抗運動」による攻撃は一定の範囲に抑制されているといえる。アメリカ軍との戦力の差に鑑みれば、人民動員隊諸派が政治的にも軍事的にもイラクやシリアからアメリカ軍を追い出すことはほぼ不可能な上、アメリカ軍から自派に致命的な損害が出るような攻撃は受けたくはないとの事情から、今後も「イラクのイスラーム抵抗運動」によるアメリカ軍への攻撃は一定の頻度と強度の範囲内になるだろう。このため、今般のような軍事行動に対する「イラクのイスラーム抵抗運動」からの反撃が、直接アメリカの権益を対象とするものだけでなく別の対象や地域へ拡大することも予想される。すでに一部の民兵がイスラエルの港湾施設を攻撃すると表明しているが、「イラクのイスラーム抵抗運動」名義では、「シオニスト政体中心部の重要施設への巡航ミサイル攻撃」(1月16日付)、「ディヤーラー県上空でのアメリカの無人機への攻撃」(同19日付)、「ゴラン高原被占領地の軍事施設への無人機攻撃」(同21日付)、そして「アシュドット港への無人機攻撃」(同23日付)が発生している。「イラクのイスラーム抵抗運動」による攻撃対象は今般のアメリカ軍の攻撃以前から拡大・多様化しているといえる。これらの攻撃により、イスラエルに実害が出るようならば、シリア領やイラク領に対するイスラエルとアメリカによる攻撃も激化することになるだろう。

 本来、人民動員隊は「イスラーム国」との戦闘を最前線で担う地上兵力として編成されたものだ。これが「イスラーム国」対策を理由にイラクに駐留しシリア領を不法占拠しているアメリカ軍と交戦することは、交戦当事者の双方にとって自らの存在理由に反する行為である。パレスチナでの戦闘が長期化する中で諸当事者が自身の外交・軍事的利益に沿って行動するようになることにより、「イスラーム国」対策やイラクの政治体制が孕んできた様々な矛盾が顕在化しているといえる。

(協力研究員 髙岡 豊)

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