中東かわら版

№157 レバノン・イスラエル:イスラエル軍によるシリア・レバノン空爆と要人殺害

 10月7日以降、ヒズブッラーとイスラエル軍はすでに準戦争状態にある。こうした中、米国のバイデン大統領はイスラエル・レバノン間の緊張緩和のために、両国間の天然ガス開発問題の調整で成果を上げた実績があるアモス・ホッホシュタイン・エネルギー担当特使を現地に派遣した。同特使は1月11日にレバノンを訪問し、ベイルートでミーカーティー暫定首相、外相、軍司令官、ビッリー国会議長らと会談した。また先立つ1月4日にはイスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相、ガラント国防相らと会談している。米国当局者によれば、同特使はヒズブッラーとイスラエル軍の暫定的な緊張緩和を働きかけている。

 ヒズブッラーは、ガザ戦争が勃発した後、ハマース支援のためと称してイスラエル北部への攻撃を開始した。10月7日から今年の1月10日までの約3カ月間にヒズブッラーが行ったイスラエルへの攻撃は計618回、一方イスラエル軍が攻撃したヒズブッラー陣地・施設は1630カ所で、死者はヒズブッラー159人、イスラエル軍兵士・市民14人に及ぶ(テルアビブ大学戦略研究所集計)。また双方の攻撃の応酬を避けるため、南レバノンとイスラエル北部の住民10万人以上が避難を強いられている。

 

評価

 イランがヒズブッラー支援のために行っているレバノンへの武器移送はシリア経由でなされていると見られる。それを阻止・妨害するため、イスラエル軍がシリア国内のイラン製武器の補給路に対する空爆を実施しているのは「公然の秘密」である(以下参照)。空爆の主な対象は、空港及びその周辺の倉庫と推定される。

 

2023年中のイスラエル軍のシリア空爆(推定・報道まとめ)

ダマスカス空港: 4回(1/1, 1/4, 4/10, 12/10, 12/21)

ダマスカス市内・郊外:16回(2/18, 2/22, 3/22, 3/30, 3.31, 5/28, 6/14, 7/1, 7/19, 8/7, 8/21, 10/1, 11/16, 12/2, 12/10, 12/17)

シリア東部:1回(1/29)

アレッポ空港:7回(3/7, 3/22, 5/1, 8/28, 10/12, 10/14, 10/21)

ハマー:1回(3/12, 9/13)

ホムス:1回(4/1)

タルトゥース:2回(3/12, 9/13)

ラタキア:1回(3/22)

 

 2023年にイスラエル軍が行ったシリア空爆は、頻繁だが散発的であった。ただし年末年始に実施したシリア・レバノン空爆(以下参照)は、イラン革命防衛隊、ハマース、ヒズブッラーのそれぞれの幹部計5人を殺害した点で、重要な意味を持った。それを裏づけるように、通常と違い、警告無しで実施されたとの報道がある。

 

年末年始の空爆実施状況(報道から作成)

12/25 ダマスカス南郊・革命防衛隊准将殺害

12/28 ダマスカス空港爆撃・空港/革命防衛隊上級将校グループ殺害。シリア南部空爆

12/29 シリア東部アル・ブカマルの親イラン派民兵施設空爆

12/30 アレッポ空港及び市内の革命防衛隊施設

1/ 1 ゴラン高原空爆

1/2 ベイルート市・在外ハマースの政治局次長殺害

1/8 南レバノンでヒズブッラーのアル・タウィール司令官殺害。ゴラン高原でハマースの幹部戦闘員ロケット攻撃担当)殺害

1/9 南レバノンでヒズブッラー・ドローン部隊指揮官殺害

 

 年末年始の革命防衛隊とハマース幹部2人の殺害は連続して行われた空爆作戦によるもので、偶然ではなく、意図されて実現したものである確率が高い。南レバノンで本格的な武力衝突が起きた場合にどのような被害を受けることになるかを、イスラエル軍がイラン、シリア、ヒズブッラー、ハマースに見せつけたとも考えられる。あるいは、殺害された幹部らが関係する何らかの動きへの対応策として実施されたのなら、イスラエル軍とヒズブッラーの大規模戦闘の前哨戦がすでに始まったとの見立てもできる。

 イスラエルは、南レバノンに展開するヒズブッラー戦闘員が国境付近から離れ、リタニ川以北に移動することを要求している。そして外交的手段でこれが実現しない場合、軍事的手段で達成すると明言してきた。しかしイスラエルとしては、ハマースよりはるかに強力な軍事組織であるヒズブッラーとの戦争を開始するには相当の決意と準備が必要だ。ヒズブッラーとて容易に戦闘は拡大できない。同派のナスラッラー書記長は1月はじめにイスラエル関連で2回演説したが、イスラエルの攻撃に報復するとしながらも慎重な姿勢を見せている。レバノン経済を見ても今は戦争どころではない。とはいえ、こうした事情があるとしても両者間の戦闘は続いているため、偶発的要因や誤認で戦火が拡大するリスクが依然高い点には留意が必要である。ホッホシュタイン特使の仲介が結果を出すかを今の時点で予測するのは難しいが、同特使の仲介が続いている間は両者の衝突が大規模になることを多少なりとも防ぐことが期待できるだろう。

(協力研究員 中島 勇)

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