中東かわら版

№155 イスラエル・パレスチナ: 再燃したガザ戦争#14――100日目を迎えたガザ戦争

 ガザでは依然、中部・南部で激しい戦闘が継続している。人質解放交渉に動きはないが、12日、イスラエル首相府はカタルの仲介により、病気の人質に薬を届ける段取で合意したと発表した。引き換えにイスラエル側はガザへの医療品の搬入を増加する。

 ガザ内の人道的状況は改善していない。イスラエル軍は10日、食料は不足しているが飢餓は発生していないと主張した。一方国連(OCHA)は13日、イスラエル軍がガザ北部での食料輸送を組織的に妨害していると訴えた。国連の専門家は11日、住民220万人の内、9割が「急性食料不安(acute food insecurity)」状態で、4分の1が「壊滅的なレベルの飢餓(catastrophic levels of hunger)」にあると警告している。

 ブリンケン米国務長官は、トルコ、ヨルダン、湾岸諸国を歴訪した後、8日にイスラエルを訪問した。同長官のイスラエル訪問はガザ戦争開始後、4回目となる。ブリンケン長官は9日にネタニヤフ首相、ガラント国防相、戦争閣議のメンバーらと会談した。これら一連の会談は、写真は公表されたが、会談後の声明などは出されていない。これは会談が順調ではなかったためと言われる。

 また一連の会談後、ブリンケン長官は単独で記者会見を行った。報道によればかなり激しい議論がなされたようだ。イスラエル側は、ブリンケン長官が要求したガザ市民の保護努力強化、戦闘の規模縮小、人道支援物資の搬入増加などの要求に前向きな対応をしなかった模様である。イスラエルが合意したのは、ガザ住民が北部に帰還できるかどうかを国連が調査することぐらいだった。しかし、ネタニヤフ首相は13日の演説で、国際法に沿った判断として、戦闘地帯から退去させた民間人を危険が続く間に連れ戻すことはしないと述べた。

 11日、オランダのハーグにある国際司法裁判所では、イスラエル軍によるガザへの大規模攻撃はジェノサイド(民族大量虐殺)条約違反だとして、南アフリカがイスラエルに軍事作戦停止などを求めた訴訟の審理が開始された。11日は南アの代表が口頭弁論を実施し、翌12日にはイスラエル側が反論した。同裁判が結審するまで数年かかるとみられるが、暫定措置(仮処分)として今月中にでもガザでの戦闘中止を命令する可能性があるとされる。イスラエルは同命令に従う義務はないが、無視することも難しいとして警戒している。

 13日、ネタニヤフ首相はガザ戦争100日目を前にテレビ演説を行い、「ハマースの殲滅、人質の解放、ガザ地区がイスラエルの脅威でなくなるという目標を達成し、完全に勝利するまで、我々は戦いを続ける」とし、ガザ戦争は「誰も、ハーグの国際司法裁判所も、悪の枢軸も、その他の誰も止められない」と明言した。

 

評価

 ガザ戦争100日目の段階で、ガザ住民の推定死者数は2万3000人を超えた。ガザの逼迫した食料事情や劣悪な衛生環境に鑑みれば、幼児・子供、老人などの弱者から餓死や栄養不足による死者が出てもおかしくない状況である。仮に少数であっても食料不足や栄養不足の結果として死者が出た場合、戦闘・空爆での市民殺害に加えて、人為的な餓死者を発生させたとの非難がハマースだけでなく、あるいはハマース以上に、人道支援物資の搬入を統制するイスラエルに向けられることは避けられないだろう。しかし今のところ、イスラエル政府にこの種のリスクを回避するような動きは見られない。

 13日にネタニヤフ首相が戦争100日目に際して言明した戦争目的は、戦争開始直後のそれと同じである。イスラエル軍はガザ北部での当初の作戦を終了し、次の段階に移行させつつある。中部・南部では大規模戦闘が継続中であるが、北部と似た展開をするのであれば、いずれ戦闘は次の段階に移行するだろう。そしてその先には、人質全員の解放を実現するためにハマースと政治的な取引をするのか、戦後のガザ統治体制をどうするかなど、政治決定を必要とする問題の輪郭が見えつつある。しかしネタニヤフ首相は、そうした先行きの展望にまったく言及していない。リスクのある政治決定をしないのがネタニヤフ流の政治スタイルであるが、戦時でもそれは変わらないようだ。

 ブリンケン長官の様々な要請に、ネタニヤフ首相は前向きに対応していないようだ。ここでも首相あるいは政府の政治決定が不可欠だ。決断をせず、状況が変わらない場合、対米関係がさらに緊張すると同時に、戦争閣議内、連立政権内での対立、権力抗争が激化するかもしれない。

 西岸情勢でもネタニヤフ首相の政治決定が必要になっているが、首相はその要求に応えていないようだ。8日の報道では、ハーレビ参謀総長と軍高官らが最近、数回にわたりネタニヤフ首相に対して、西岸での経済状態の悪化は衝突増加につながり、イスラエル軍はガザ、イスラエル北部に加えて西岸でも軍事的対応に迫られるリスクがあると警告している。戦争閣議の閣僚も同様の警告を受けている。パレスチナ自治政府への還付金送金問題(極右の財政相が、送金の中からガザに送られる分を差し引くと主張したため、PAが全額の受け取りを拒否)が膠着状態になっており、PAの財政状態が悪化し、公務員に給与の全額を払えない状態にある。また西岸の出稼労働者は、10月7日以降、イスラエル国内の職場に行けないため収入がない状態に置かれている。これらの問題を対処するのは治安閣議だが、極右政党の反対があるため、ネタニヤフは治安閣議での協議を先送りしている。

 ネタニヤフ首相は、長い首相在任期間を通して、国家の行く末を変えるような大きな政治的決断を下すことを避けてきた。しかし戦時の今、ネタニヤフ首相は平時と同じ政治手法を維持することで、結果として、回避できる政治的リスクを見過ごした、として批判にさらされる事態に陥るかもしれない。そのツケが、ネタニヤフ個人だけに及ぶなら自業自得であるが、国民や国家にツケが回る可能性がないとは言えないだろう。

(研究主幹 中島 勇)

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