中東かわら版

№152 イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#13――ガザ北部での作戦完了

 2024年1月6日、イスラエル軍のハガリ報道官は、ガザ北部における「ハマースの軍事的枠組みの解体」を完了したと発表した。同報道官は、今後、北部での戦闘は次の段階(小規模・精密攻撃)に移行するとした。イスラエル軍は12月31日、ガザ北部の戦闘に投入されていた予備役兵士の一部について召集解除を進めると発表していた。ただハガリ報道官は、北部での戦闘は今後も続き、短期間では終了しないとした。他方、中部・南部では大規模戦闘が継続中である。同報道官は5日、中部・南部での戦術は北部とは違うとし、市民の被害を抑えていると発言しているが実態は不明である。

 1月4日、国連UNRWAは、ガザ住民の9割、約190万人が避難を余技なくされたとした。北部での戦闘が一段落するとしても、南部に逃げた北部の住民が帰還できるかは不透明だ。人道的危機状況は、改善されていない。避難民らは、劣悪な衛生環境の中で食料不足と冬の雨・寒さに直面している。 イスラエル側では年末年始から、10.7以降は沈静化していた内部対立が再び激化している。戦争閣議は12月26日に戦後のガザ統治体制を協議する予定だったが、会合開催直前に中止された。この理由として現地メディアは、極右政党が協議開催に反対し、連立離脱の構えを見せたためと報じた。1月4日には戦争閣議・治安閣議が開催され、同問題を協議しようとした。しかし今回は、会合は開催されたが、極右政党の閣僚らが議題とは関係ない問題(ハーレビ参謀総長が政府に通知せず、軍内部で10.7事件での作戦上の問題を検証する委員会を設置したこと)を持ち出して参謀総長を糾弾する事態となり、3時間に及ぶ会議が紛糾したあげく、ガザの戦後体制に関する協議はまったく行われないまま終了した模様である。ネタニヤフ首相の対応に抗議するため、ガンツ党首など国民連合の戦争閣議の閣僚らは1月7日の定例閣議を欠席した。しかし、ネタニヤフ首相は定例閣議の中で、ガザ戦争は目的(ハマースの壊滅、人質の全員解放、ガザを二度とイスラエルにとっての脅威としない)を完全に達成するまで終了しないとする旨を、敵と友人に向けたメッセージとして読み上げた。国民連合の閣僚らはネタニヤフ首相に対して、自分たちが戦争閣議に参画したのは国のためであり、同閣議を離脱するのも国のためだと警告している。

 なお12月30日に、ガザ戦争開始後初めて、テルアビブの街頭で早期選挙を求める小さなデモが実施された。1月6日にはイスラエルの都市部で早期選挙を求める集会が開催され、テルアビブでの集会の参加者は約2万人(主催者発表)に増加している。

 

評価

 ガザでの戦闘がいつ、どのような形で終了するか不透明であるが、米国は先行してガザの戦後体制についての議論を進め、国際的な協力体制・コンセンサス作りに取り組んでいる。この議論は、パレスチナ紛争をどう解決するかに直結する大きな課題であり、簡単には進まないだろう。それに加えて、イスラエル内政の文脈では、ガザ戦争の終結は、市民・兵士約1200人が殺害された10.7事件を生んだ責任者追及と原因究明作業の開始を意味する。イスラエルで行われたほぼすべての世論調査結果は、10.7の失態の総責任者はネタニヤフ首相だと見なしている。右派政党の支持層でさえ同様であることから、ガザ戦争終結後に同首相の政治生命が尽きる可能性は非常に高い。そのため同首相にとっては、ガザ戦争が継続している間は自身の政権が維持できる構図が生まれている。同首相がこの構図を利用し、戦争を長期化させ、その過程でハマース壊滅や人質解放などを自身の政治的手柄だとして汚名返上を図り、政権継続を画策する可能性は否定できない。1月7日の『ワシントン・ポスト』紙は、ネタニヤフ首相が自身の政治的生き残りのためにヒズブッラーとの戦争を開始することを米国当局者らは懸念していると報道した。イスラエル内政の文脈で見れば、こうした懸念が的外れな憶測だとは言い切れない。

 イスラエル軍は年末から一部予備役兵士の召集解除を実施し、これに合わせるようにイスラエルの大学が12月31日から新学期を開始した。また1月7日、閣議は予備役兵士のための援助予算(25億ドル)を承認した。イスラエル軍はガザでの戦闘について、規模は小さくなるが戦い自体は長期化するとしている。その場合、徴兵期間中の現役兵士の訓練時間を確保するためには予備役兵士の動員を強化するしか選択肢はない。また、ヒズブッラーへの対応でイスラエル北部の警戒を強化し、さらには西岸情勢が過去20年で最大の緊張状態にあるなど、こちらも通常以上の兵力配置が必要である。予備役兵士の負担は一層重くなり、経済や社会への影響も避けられない。

 政治的には、ガザでの戦闘任務から帰還した予備役兵士たちが今回の戦争をどう考えるかが焦点になる。軍務を離れ自由に意見を表明できる立場になった彼らの動向は、今後のイスラエルの対パレスチナ政策やネタニヤフ政権、あるいは戦争閣議の命運にも影響するだろう。

(協力研究員 中島 勇)

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