中東かわら版

№150 シリア・レバノン:イスラエルによるイランの革命防衛隊幹部暗殺の波紋

 2023年12月25日、イランの報道機関は同日にイスラエル軍がシリアのダマスカス近郊を空爆し、それにより革命防衛隊幹部のサイード・ラザイー・ムーサウィー准将が死亡したと報じた。同人は、長年シリアでの革命防衛隊の顧問を務めてきた人物で、イランのライーシー大統領は本件についての声明で、イスラエルに高い代償を支払わせると表明した。一方、シリアでは、現時点で問題の空爆についての報道もムーサウィー顧問についての論評もない。レバノンのヒズブッラーは、25日付でリダー顧問の殺害についての声明を発表し、同人をシリアで軍事顧問として勤務していたと紹介した上で数十年にわたりレバノンのイスラーム抵抗運動を支援する活動をしてきた者の一人だと指摘した。声明は、今般の攻撃を「明白かつ恥知らずの侵略行為で、限度を超えるものとみなす」と表明した。  

評価

 ヒズブッラー、イラン、シリアは、「抵抗の枢軸」を形成してイスラエルとアメリカに対抗し、10月以来のパレスチナでの戦闘にも、ハマースなどのパレスチナの抵抗運動側に与して関与している。その一方で、「抵抗の枢軸」の側の紛争への関与は、20世紀後半からの長期間に形成されてきた「ルール」の範囲内にとどまっており、南レバノンでのヒズブッラーとイスラエルとの交戦は、レバノンとイスラエルとの間の境界線の周辺で使用する兵器や攻撃の頻度を制御した状態で展開している。また、イラクに駐留するアメリカ軍や、シリアに違法に設けられたアメリカ軍の拠点への攻撃には、「イラクのイスラーム抵抗運動」名義で戦果発表があるが、このような名義は抵抗運動が広汎な運動であることを示す一方で、攻撃の実行者をあいまいにするためのものでもある。ここまでの紛争の展開は、「抵抗の枢軸」側がそれを形成する各主体の個別の事情により紛争の激化することを回避しようとしているものと考えることができる。どのような形であれ、「抵抗の枢軸」がイスラエルやアメリカと大規模に軍事的に衝突した場合の勝算は極めて低い。そのため「抵抗の枢軸」の各主体は自らが最初に「ルール」から逸脱したと非難されることの回避に努めているといえる。

 ここで、今般ヒズブッラーが今般の攻撃を「限度を超える」と評した点には注目を要する。ヒズブッラーがイスラエルの側こそが最初に「ルール」を逸脱したと認識するならば、今後は同派を含む「抵抗の枢軸」側からのイスラエルやアメリカの権益に対する攻撃が、これまでの経験や「ルール」とは異なるものへと発展する可能性もある。このような展開は、イスラエル、アメリカと「抵抗の枢軸」との対峙の構図に新規参入した形のイエメンのアンサール・アッラー(蔑称:フーシ派、フーシー派など)が紅海とバーブ・マンダブ海峡での航路の安全を脅かしている現状に、新たな不安要素を付け加えるものだ。

(協力研究員 髙岡 豊)

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