№148 イスラエル・パレスチナ: 再燃したガザ戦争#12――ガザ情勢に関する初めての安保理決議
イスラエル軍はガザ北部と南部での戦闘に加え、中部での攻撃を強化した。同軍は21日、中部ブレイジやヌセイラートなどの住民約9万人に避難勧告を出した。同日のガザ全域での攻撃は10月7日以降で最大規模と報道されている。ハマース指導部がいる公算が高い地下トンネルに関して、21日に同軍はガザ市中心の繁華街にあったトンネル網を爆破する映像を公表し、23日には南部ハーン・ユーニスで地下トンネルを破壊するための大規模作戦を開始したと発表した。
イスラエルでの世論調査によれば、大多数が交渉による人質解放を支持している。しかし21日、イスラエル政府は交渉が行われていないことを明らかにした。報道によれば、イスラエル側は人質40人前後の解放との交換で1~2週間の戦闘一時停止を提案したが、ハマースは戦闘停止が人質解放交渉再開の前提条件と主張しており、話し合いは頓挫しているようだ。ガザで拘留中の人質について、ハマースは3人が空爆で死亡し(21日)、5人の人質と連絡がとれない(23日)と主張した。イスラエル側では人質1人が死亡したと認定されている(22日)。また24日、イスラエル軍はこの2週間ほどで、ガザ北部のトンネル内で計5人の人質の遺体を発見・回収したと発表した(兵士の安全を守るため遺体発見の発表を控えたとした)。ハマースが死亡したとした3人の人質は、同5人に含まれるようだ。
22日、国連安保理はガザへの人道支援の拡大を求める決議案を賛成13(日本含む)、反対0、棄権2(米国とロシア)で採択した。決議文の草案はUAEが作成し、安保理での協議は18日から開始されていた。米国の拒否権行使を回避するための協議が4日間継続されたが、その過程で文言が修正され、文章が曖昧になったと批判されている。今回の決議(2720)は、人道状況の悪化に重大な懸念を表明し、民間人の保護や無条件での人質解放などを求めた。決議内容は不十分との批判はあるが、安保理がガザ戦争に関して一定程度機能したのは確かだろう。
支援物資のガザ搬入は依然不十分で、現地の危機的状況は改善されていない。20日時点でWFPは、ガザの住民の90%が1日1食しか食べていないと警告した。またUNRWAは、仮に支援物資がガザに搬入されても食料の配布は戦闘のために困難な状態だとして、停戦実施を求めている。一方、イスラエルのヘルツォグ大統領は21日、イスラエルはケレム・シャローム検問所開放などの措置で支援物資のガザ搬入増大を図っているが、国連側の援助物資配布作業が不十分だと批判している。
評価
ネタニヤフ首相やガラント国防相は、ガザ戦争の目的はハマース指導者のシンワールを殺害することだと明言している。「ハマース壊滅」の意味は曖昧・抽象的であるが、「シンワール殺害」は現場の兵士も容易に理解できる具体的な目標である。今のイスラエル軍はこの目的実現に向かって突き進んでいる。そのため、この目標が変更されない限り、ハマースが主張する条件(戦闘停止が前提)では人質解放交渉の再開の望みは薄いだろう。
戦闘地域の中心はガザ北部から中部・南部に移動している。ハーン・ユーニスでの戦闘はこれから本格化する模様だが、今後戦闘地域がさらに南部に拡大するかもしれない。ガザの最南端はエジプト国境であり、同地域にはラファフ検問所の他、国境沿いにフィラデルフィア回廊と呼ばれる帯状の地域がある。23日、イスラエルはエジプトに対して、ラファフ及び同回廊を占拠する意図を伝えたと報道されている。エジプトは、この動きに反対している。同国としては南端に追い詰められた多数の住民が国境を越えてエジプト領になだれ込むこと、さらにその混乱に乗じてハマース幹部・戦闘員がエジプト側に流入することへの懸念があるようだ。以上の懸念は当然である。他方でイスラエル軍には、ハマース追撃以外にも境界地帯を占拠する理由がある。今回、ガザで大量の武器が捕獲された。これらの武器が運び込まれた可能性のある最有力通路が、エジプト境界地域の地下にあると目される、密輸業者が運営するトンネル群である。イスラエル軍としては、エジプトとの関係を悪化させる戦略的なリスクを含むとしても、同通路を破壊するためにガザ南端での作戦を実施する公算が高い。
安保理決議は採択されたが、ガザの住民が置かれている危機的状況が改善している兆候はない。爆撃や砲撃による死者数は2万人を超え、病院機能の低下・過失により多数の負傷者が治療を受けられない状況が続いている。今後、避難している住民らの間で衛生状態の悪化による感染症などの病気の拡大、さらに食料不足も加わり、病人、老人、幼児などが死亡する事態が頻発する場合、イスラエルに対するガザ住民の怒りは爆発的に増大するだろう。米国のオースティン国防長官は、アフガニスタンとイラクの都市での戦闘の経験から、市街戦で勝利するためには住民の支持を得ることが肝要だとイスラエル軍に伝えたと報道されている。今のところ、イスラエル軍首脳が同長官のアドバイスを聞いたと様子はみられない。半世紀以上敵対関係にあるとしても、ガザ住民とイスラエル軍がその関係を不必要に悪化させる意味はなく、今後ハマース幹部を標的にした作戦を同軍が実施するなら、住民が情報を提供するような環境を作っておいて損はないだろう。
(協力研究員 中島 勇)
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