中東かわら版

№140 イスラエル・パレスチナ: 再燃したガザ戦争#10――深まる人道危機

 2023年12月6~7日にかけて、イスラエル軍は、ガザ北部での戦闘によりハマースの戦闘員数百人が投降し、彼らを捕虜にしたと発表した。9日、同軍のハガリ報道官は捕虜尋問の成果として、ハマース指導部は現状認識ができない状態であると発表した。南部では2日以降、ハーン・ユーニスへの攻撃が続いている。当初は爆撃と砲撃だったが、4日頃から同市の包囲を開始し、5日には市内中心部で戦闘が開始された。同市での戦闘はこれから本格化する情勢である。

 一方で8日、ハガリ報道官は人質救出作戦を実施したが失敗したと発表した。並行してハマースは救出作戦を阻止したと発表している。場所、日時などの詳細は不明だが、人質1人が死亡した模様である。

 ハーン・ユーニスでの戦闘が本格化したため、ガザ北部から南部に避難していた住民らは再度避難を迫られることになった。イスラエル軍はハーン・ユーニスの住民に避難を指示し、海岸近くなどを安全地帯に指定しているが、状況はますます混乱した。こうした中、6日に国連のグテーレス事務総長は、国連憲章第99条に基づいて安保理に「人道的な大惨事の回避」を要請した。7日には国連人道問題調整事務所(OCHA)のマーティン・グリフィス人道問題担当国連事務次長兼緊急援助調整官は、人道援助と呼びうるオペレーションはガザにおいて停止状態にあると述べ、強い危機感を表明した。8日、安保理はUAEが提出したガザでの即時停戦と全ての人質の解放を求める決議案を採決し、日本を含む13カ国が賛成したが、英国が棄権、米国が拒否権を行使して同案は否決された。ガザ戦争関連で米国が安保理で拒否権を行使したのは、10月18日に続き2回目となる。

 

評価

 数百人のハマース戦闘員投降が事実であれば、イスラエル軍の作戦は、かなりの成果を上げていることになる。他方、捕虜になり下着姿で拘留されたパレスチナ人の映像がSNSで公開されたが、この中には一般のガザ住民も含まれており、イスラエル軍にとって住民とハマース戦闘員の区別は容易ではないようだ。同軍としてはひとまず疑わしい人物をまとめて拘束し、その後の尋問で一般住民とハマース戦闘員を区別するしか対処方法がないのかもしれない。

 12月5日前後の報道では、米国がイスラエルに対して大規模戦闘が12月末あるいは来年1月はじめまでに終了するとの見通しを伝えた。これは、米国のイスラエルに対する政治的圧力を含む予想だろう。それに対しイスラエル軍は、1月末頃まで続くとの見方を示している。両者の見解には約1カ月の差があるが、これは調整可能な範囲のようだ。10日、バイデン大統領と電話会談したネタニヤフ首相は、南部のハーン・ユーニスでの大規模戦闘は12月末から1月初旬までに終わるとの見通しを伝えている。イスラエル・米国は、楽観的かもしれないが、12月末から1月末にかけて大規模戦闘が終了し、その後、残留するハマース戦闘員の掃討作戦が一定期間続く展開を想定しているようだ。

 戦闘の先行きにかかわらず、今最も深刻で緊急の課題は、人道的危機状況の軽減・解消である。米国は停戦を求める安保理決議に拒否権を行使しつつ、イスラエルにはガザ市民の保護や人道支援物資の搬入増大を求めている。これに対してイスラエル軍は、米国が期待するほどの対応をしていないようだ。現地映像を見ると、走行中の支援物資を積んだトラックに群衆が走り寄り、われ先に荷台に乗り込んで物資を投げおろしている。こうした略奪行為は、ガザですでに社会秩序の崩壊が起きつつある証左だろう。

 12月9日、イスラエルの戦争閣議は西岸地区からのパレスチナ人出稼ぎ労働者をイスラエル国内で職場復帰させるかどうかを議論した。10月7日以降、15万人を超える労働者が自宅待機になっている。同問題については10日に治安閣議が継続協議したが、結論は先延ばしにされた。パレスチナ人出稼ぎ労働者15万人に、動員された予備役兵36万人を加えると、10月以降、約50万人の労働力がイスラエル経済から失われたことになる。農業部門で主力だったタイ人労働者も大部分が帰国した。政府としてはこうした状況を長期間続けることはできない。西岸で15万人以上を吸収する雇用を急に創出することはできないし、短期間の内にヘブライ語を話す15万以上の外国人労働者を集めることも困難だ。この状況を考慮すれば、治安問題上の懸念は残るとしても、イスラエルは段階的にパレスチナ人出稼ぎ労働者をイスラエルで職場復帰させていくだろう。

(協力研究員 中島 勇)

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