中東かわら版

№139 イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#9――戦闘再開と南部での攻撃開始

 2023年12月1日朝、ガザ北部での戦闘が再開した。イスラエル軍は未制圧地域に残るハマース部隊の掃討作戦に着手し、翌2日にはガザ南部での作戦開始を発表した。同軍は南部ハーン・ユーニス付近の住民に避難を呼びかけるビラを配布し、エジプト国境付近のラファフへ逃げるよう求めた。またガザ地区を2000カ所以上に区分した地図を公表して、地上戦を行う地域をより詳細に住民に知らせた。ハーン・ユーニスでは1日から爆撃と砲撃が始まり、4日には同地区北部でイスラエル軍戦車部隊が目撃されている。

 停戦中の8日間に解放された人質はイスラエル人、タイ人、フィリピン人など、100人を超える。解放交渉は、イスラエル人の人質に関してはカタル・エジプト・米国が関与したルートで行われ、タイ人あるいはロシア国籍を持つイスラエル人の解放交渉は、イランが関与した別ルートで行われたと報道されている(ただし人質解放は合同で行われた)。

 解放されたイスラエル人は子供、女性が大部分で、成人男性は2人だった。残りのイスラエル人人質は推定137人である。交換で釈放されたパレスチナ人囚人は女性と未成年者だった。なお人質解放の際、ハマースから身柄を受け取ったのは国際赤十字社である。同組織は目立たないながら、1948年からイスラエル・パレスチナで活動している。

 先立つ11月30日、ハマースは、イスラエルの攻撃でイスラエル人の母親と子供2人が死亡したと主張した。3人の遺体は引き渡されるとも報じられたが実現に至っていない。一方のイスラエルは停戦終了後に、人質として拘留中と目された民間人6人と兵士1人が、すでに死亡していたと発表している。判断理由は不明だが、人質になった時の監視カメラ映像や解放された人質らの証言から、当該人物が重傷の状態で人質になり、その後ガザで適切な治療を受けていなかったと推定され、それを根拠に医師たちが死亡と判定したと報道されている。なお人質の生死については家族に内々の通知がなされるが、あくまで推定に基づいたものであり、死亡とされながら生きて解放された人もいる。

 

評価

 戦闘再開の理由について、イスラエル側は、ハマースが合意した女性人質全員の解放を実施しなかったためと主張した。ハマース側は、女性と子供の人質はすべて解放したと主張しているようだ。この食い違いについては、そもそもイスラエルとハマースが人質の総人数あるいは男性・女性・子供などの内訳を確認、共有していたか、疑問である。ハマースが兵士及び兵役経験のある女性を兵士と見なし、女性と分類していない可能性もある。他方でハマースがガザに拘束している人質全員の人数を把握しているのか、あるいはイスラエルが主張する人質の人数が確かかどうかも疑わしい。別の見方として、ハマースがイスラエル軍による人質奪回作戦を妨害すべく、一部人質の身柄を他の組織に渡して分散させたため、解放に手間取ったとの説もある。身柄を確保している別組織が、ハマースに対して人質解放のための条件を持ち出したとの見方もあるようだ。

 人質解放交渉が中断され、イスラエルがカタルに派遣した代表団を引き上げた、ハマース幹部が戦争終結まで追加の人質解放はないと発言したなどの報道が見られる。しかし、女性や子供の人質解放のための交渉が完全に停止されたかの判断には、もう少し様子を見る必要があるだろう。イスラエル側の報道では、ハマースの司令部があると目されるハーン・ユーニスでイスラエル軍が大規模な地上戦を開始していないのは、まだ人質解放の可能性が残されているからで、それがなくなったと判断したら武力による人質奪回を開始すると予想する向きもある。

 ガザ南部に戦域が拡大する中、米国、国際社会、アラブ諸国はイスラエルに対して、ガザ市民の被害拡大を防止するよう、より強く求めている。特にバイデン政権は、イスラエル側にガザ市民の保護を相当強く求めている。さらに戦闘再開によってガザへの支援物資輸送が減少し、トラック1日200台ペースが半分程度になったとも報道されている。

 イスラエル軍が36万人の予備役兵士を招集してほぼ2カ月が経つ。国防省内では大規模動員の限界を3カ月と想定しているようだ。そうであれば、予備役招集の解除作業を近々開始する必要がある。そのためにイスラエル軍がガザでの戦い方を変更し、より小規模の作戦を長期的に継続する体制にする可能性もあるだろう。

 またイスラエル軍にとって、正規軍が相手でないとしても、戦闘が半年、1年と継続するような経験は初めてである。同軍は未知の長期戦闘を行いつつ、西岸での衝突増加、北部でのヒズブッラーによる小規模攻撃などに対応し続けなくてはならない。加えて、10月7日にハマース攻勢を招いた国軍の即応性の欠如の原因を調査し、再発を防ぐための新しい国防体制も整える必要がある。そうでなければ、今回仮にハマース撲滅に成功したとしても国民は安心しないだろう。10月7日以降、国内では個人による銃の購入が増加した。その最大の理由は、有事の際に国軍の救援隊がすぐに来ない事態を想定しているからだと報じられている。

(協力研究員 中島 勇)

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