中東かわら版

№129 イラン:対イスラエル包囲網の強化を主張

 イスラエル軍によるガザ地区への攻撃が続く中、イスラエルに対する国際的非難が強まっている。2023年10月7日直後、米国はイスラエルの自衛権行使を支持する立場を堅持していたが、11月18日付『ワシントン・ポスト』紙に掲載されたバイデン大統領の寄稿記事では、イスラエルに寄り添う姿勢を保ちつつも、パレスチナ人民の自決の意思を尊重して、二国家解決が望ましい解決策だとの立場を改めて示すようになった。各国でも、パレスチナ支持デモが頻発している。こうした中、反イスラエル陣営の急先鋒となっているのがイランである。

 11月19日、ハーメネイー最高指導者は革命防衛隊航空宇宙軍の展示会を訪れた際、イスラーム諸国にイスラエルへの政治・経済的圧力を増すよう呼びかけた。概要は以下の通りである。

 

*イスラーム諸国は、シオニスト政体(注:イスラエル)への石油、エネルギー、貨物等の流れを断絶しなければならない。

*イスラーム諸国は、シオニスト政体との政治的関係を、少なくとも限られた期間、例えば1年間やその前後絶つべきである。

*もし、シオニスト政体の犯罪行為を止めたいのであれば、それはイスラーム諸国が果たすべき義務である。

 

 同様の主張は、ライーシー大統領によっても繰り返しなされている。同大統領は11日、イスラーム協力機構(OIC)・アラブ連盟緊急共同首脳会合において、イスラーム諸国にシオニスト政体とのあらゆる政治・経済的関係の断絶を求めた。また、20日、同大統領はロシア、中国、トルコ、カザフスタン、南アフリカ、ケニヤ、ヨルダンを含む50カ国の首脳に書簡を発出し、シオニスト政体によるガザ地区でのパレスチナ人民の虐殺行為を止めるため、集団的な経済・外交的圧力を呼びかけた

 こうした中、イスラエルとハマースの衝突は、中東地域内で拡大する様相を呈している。イスラエル北部とレバノン南部では、イスラエルとヒズブッラーによる越境交戦が続いている。また、シリアとイラクでは、米軍と「イランの民兵」との間で攻撃の応酬が続いている。11月19日には、イエメンのアンサール・アッラー(通称フーシー派)が、紅海で貨物船を拿捕するなど、航行の自由が脅かされる事態となっている。

 

評価

 イラン現体制は、反米・反イスラエルを謂わば国是としているため、今次のパレスチナをめぐる情勢を受けて、反イスラエル的行動を取ることは自然の流れである。そうした中、今般、イランが他国から突出して反イスラエル的な言説を主張する背景の一つには、イスラーム諸国間での結束を促し、イスラエルを孤立させたいとの狙いがあると考えられる。アブラハム合意(2020年9月)以降、中東ではイランの核開発進展や非国家主体ネットワーク構築などを警戒し、イランを孤立化させようとの動きが見られた。こうした中、本年3月のイラン・サウジアラビア関係正常化合意とその後のパレスチナ情勢の展開は、イランがイスラーム諸国との団結を強める転機となった。すなわち、イランは、反イスラエルを掲げることで、地域内で自国が置かれた状況を好転させようとしているのである。もう一つの理由として、パレスチナ人民に寄り添うことが、イラン国内での体制批判の声を鎮める効果があることも挙げられよう。

 他方、イランが主張するイスラエル包囲網形成が実際に実現するかといえば、そうとはいえない。確かに、イスラエルの国際法違反を問題視し、トルコやヨルダンやバハレーン等が駐イスラエル大使を召還した。しかし、現時点までに、アブラハム合意に参加した国の中で、国交断絶に踏み切った国は現れていない。OIC・アラブ連盟緊急共同首脳会合においても、イランの強硬な要求にも拘らず、最終声明には対イスラエル武器禁輸の文言は入ったものの、生活物資を途絶させるまでの内容は盛り込まれなかった。こうした現状は、アラブ諸国やイスラーム諸国が、イスラエルの行き過ぎた軍事行動を容認しない一方で、イスラエルが有する先端技術等を考慮し、国交断絶にまでは踏み切れないもどかしい状況を示している。また、仮にイスラーム諸国が対イスラエル包囲策を講じたとしても、近年イスラエルは経済の多角化を図ってきたことから、1973年の第4次中東戦争時のようになる見込みは高くない(詳しくは「パレスチナ情勢の石油・天然ガス市場への影響」『中東分析レポート』R23-09【会員限定】参照)。

 とはいえ、イランによる反イスラエルの立場は揺らぎないものであるため、今後のイランによるイスラエルに対する政治・経済・軍事的圧力の強化には注意を要する。特に、主要なエネルギー供給路の一つである紅海を通じた航行の自由が脅かされている現在、もう一つの主要供給路であるホルムズ海峡を通じた航路の不安定化に充分な警戒が必要である。過去、革命防衛隊が、韓国などの商用タンカーを拿捕したことがあり、同様の事態が発生しないとは限らない。また、イランがウラン濃縮度を引き上げるようなことがあれば、イランの核保有を強く警戒するイスラエルが、イラン核関連施設を攻撃するなどの妨害行動に及ぶ危険性もある。

 

【参考】

「パレスチナ情勢の石油・天然ガス市場への影響 ――東地中海ガス田開発の行方と湾岸産油国の動向――」『中東分析レポート』R23-09。※会員限定。

「イラン:革命防衛隊の動向」『中東かわら版』No.127。

「イランとハマースの関係 ――イラン・米国間衝突への波及の懸念――」『中東分析レポート』R23-08。※会員限定。

「イラン:イスラエルによるガザ地区空爆をめぐるイランの警告」『中東かわら版』No.104。

「イラン:イスラエル・パレスチナ情勢の展開を受けてハマースに寄り添う立場を表明」『中東かわら版』No.97。

(研究主幹 青木 健太)

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