中東かわら版

№122 レバノン:パレスチナでの戦禍拡大への備え

 2023年10月7日のハマースによる「アクサーの大洪水」攻勢開始後、レバノンでもヒズブッラーをはじめとする諸派とイスラエル軍がレバノン・イスラエル間の境界を挟んで連日砲撃戦や無人機を用いたものも含む航空攻撃を続けている。アメリカをはじめとする諸国やレバノン政府は、戦闘が拡大してパレスチナでの戦禍がレバノンに及ぶことを懸念し、これを回避するための協議や呼びかけが繰り返されている。一方、レバノンの社会・経済状況は、2019年秋から顕在化した経済危機のため悪化し続けており、同国を舞台にする戦闘が拡大することにより、食料や燃料の供給が一段と逼迫する恐れがある。この問題について、11月2日付『ナハール』(キリスト教徒資本)は小麦、燃料の備蓄状況について要旨以下の通り報じた

 *小麦粉を含む小麦の備蓄は、2020年8月のベイルート港での爆発事件で大規模サイロが崩壊したこともあり、製粉業者の倉庫が主な備蓄場所となっている。現在の備蓄量は2カ月分だが、海外の調達先から小麦を輸送する船舶の運航や小麦の荷揚げの予定は続いている。製粉業者らは戦争により海路が封鎖された場合に備え、政府と国際連合レバノン暫定駐留軍(UNIFIL)に対し、小麦だけでなくその他の必須食料を運搬する船舶と食料の荷揚げにUNIFILが同伴して安全を確保するよう交渉中である。

*燃料は、家庭・病院・商業施設など消費者が備蓄している分、ガソリンスタンドが備蓄している分、輸入業者が備蓄している分を合わせると、およそ45日分になると思われる。海路が封鎖されない場合でも、タンカーの船舶保険料の値上がりが起きることが予想される。2006年のイスラエルによるレバノン攻撃の際は、トルコからシリアを経由して燃料を調達していたが、現在はシリアに対する経済制裁が原因でこの経路を用いることはできない。

*ガスは35日分備蓄がある。

評価

 レバノンでは戦禍の拡大によって自国が戦争に巻き込まれ、その影響で食料や燃料の供給が滞ることが心配されている。このため、政府機関や民間業者の準備状況への関心が高く、今般の記事の他にも製薬原料、肉・卵類の調達や備蓄についての記事も盛んに発信されている。問題は、経済危機の影響で現時点でも食料、燃料、電力、上水道の供給や調達が危機的な状況にある点と、政府・業界団体・報道機関による需給予測や備蓄の見通しで、レバノン在住のパレスチナ難民(50万人弱)やシリア避難民(100万人程度?)がどの程度考慮されているのかが不明な点だ。レバノンの人口は400万~500万人程度と考えられていることから、パレスチナ人やシリア人の需要への備えや見通しが十分でない場合、上記の備蓄の見通しは一挙に揺らぐことになる。特に、シリア人については現在も密入国が続いている模様で、実態把握が困難だ。

 一方、南レバノンでの戦闘は、ヒズブッラーが統制するレバノン側、イスラエル軍の双方が長年の対峙を通じて形成された間接的な合意事項や不文律に基づいて攻撃の範囲、使用する兵器の量や質を決定し、「ルール」の範囲内で交戦している状況にある。交戦が長期化する中双方の死傷者も増加しているが、いずれの側も自らが最初に「ルール」から逸脱したとの非難を受けないよう慎重に行動している。ただし、両当事者が想定していないような突発事象が発生したり、ガザ地区での戦闘や人道状況、国際情勢が著しく悪化したりした場合、レバノン側、イスラエル側のいずれかが「ルール」を逸脱してでも戦闘の強度を上げざるを得ない状況に追い込まれる恐れがある。

 現時点では国際的なレバノン支援が大規模に行われているわけではない。また、レバノンの政府や経済界の備えは、彼らが南レバノンでの戦闘の範囲や強度を決める当事者ではないことに鑑みれば、軍事状況だけでなく食料や燃料の供給という観点からも状況への懸念は払拭できない。

(協力研究員 髙岡 豊)

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