中東かわら版

№119 イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#5――ガザ市の包囲とイスラエル内政

 2023年10月28日から本格的な地上戦を開始したイスラエル軍は、ガザの北・東の3方向から侵入しガザ市の包囲を開始した。同軍は、ガザ市周辺の空地や畑を占拠して包囲を固めつつ、11月3日頃には一部で市街地に進行した模様である。こうした中、イスラエル軍は、3日と4日に改めてガザ北部住民に南への移動を呼びかけた。それでも約30~40万人の市民が残留しているとの推定がある。エジプトと接する南部のラファフ検問所では、11月1日からガザ内の外国人のエジプト出国と負傷したガザ市民のエジプト側の病院への移送が開始された。しかし、4日、ハマースはエジプト側が一部の負傷者の受け入れを拒否したことを理由に、外国人の出国を停止すると発表した。イスラエル側は、負傷者の中にハマースの戦闘員が含まれていたとしている。ラファフ経由の人道支援物資は10月21日から搬入が開始され、ガザ入りするトラック台数は増加しているが、まだ必要量を大幅に下回る状況だ。燃料のガザ搬入については、イスラエル軍は頑強に拒否している。

 米国のブリンケン国務長官は、11月3日からイスラエル、ヨルダンを訪問した後、5日には西岸のラーマッラーを訪問してパレスチナ自治政府のアッバース大統領と会談した。米国は戦闘の一時中止を、アラブ諸国は停戦実施を主張したが、イスラエルは、人質全員の解放がない限り戦闘の一時停止はないとの立場を変えず、いかなる形でも人道的停戦は実現していない。イスラエルのガザ空爆に対する国際世論の非難の声は高まっており、4日には世界各地で大規模な抗議デモが開催された。

 

評価

 イスラエル内政では、戦時にもかかわらずネタニヤフ首相の辞任を求める声がやまない。ネタニヤフ首相については、10月7日の失態を招いた過去の政策の責任糾弾だけでなく、戦時の首相として資質を疑問視する声もあがっている。国内治安を担当するシンベド元長官アミ・アヤロンは、ネタニヤフは、危機的状況やストレスがかかると、多くの異なる意見に翻弄されて決断ができない人と評している(経済紙『グローブス』10月26日)。『POLITICO』(11月1日)は、バイデン政権がネタニヤフ首相の政治的命運は尽きたとする議論をしていると報道した。ホワイトハウスは同報道を否定したが、各種報道を見る限り、多くのイスラエル人が同様の考えであることは確かだろう。11月4日には、人質解放を求める集会がイスラエル各地で開催されたが、同時に一部ではネタニヤフ首相の辞任を求める声が上がった。 実際、ネタニヤフ政権の先行きは危い。経済・金融の専門家らは、今回の戦費調達や戦争の被害補償などに対処するためには、2024年予算を抜本的に組みなおし、戦争・戦後対策予算にする必要があると指摘している。しかし、2024年予算は連立政権に参加する政党への予算分配を最優先した、いわば連立維持のためのお手盛り予算である。仮に同予算を大幅に改定し、与党の取り分が消滅・大幅減額になる場合、連立を離脱する政党がでても不思議ではない。与党の1党でも離脱すれば、現政権は崩壊する。

 また戦争継続、あるいは戦後処理などの経済・財政政策立案のために専門家の力を集めるとしても、連立の都合だけで財務相に就任した極右政治家のスモットリッチには、そもそも必要とされる経済・財政に関する知識・経験がなく、さらに外国の経済・金融担当閣僚に協力を要請したくても、人種差別主義者と見なされ、閣僚らと会談さえセットできない人物である。ネタニヤフ首相が同財政相を含む極右政党を切った場合、現内閣は崩壊する。連立を維持するためだけに閣僚人事を行った結果、今の内閣に今回の非常事態に対応できる人材が何人いるかは疑問である。11月5日には、極右政党の文化遺産担当相が、ガザで核兵器を使うのも選択肢の一つと発言するなど人材のお粗末さを露呈している。

 外に目を向ければ、現在イスラエル軍は、燃料のガザ搬入を頑なに拒否している。燃料枯渇により病院や国連施設の発電機が停止し、これらの施設が機能停止になるとの国際的非難を浴びてでも、イスラエル軍は燃料の搬入を阻止する構えである。加えて、ハマースがガザの主要病院の地下に司令部施設などを設置しているとの広報キャンペーンを開始した。人質解放のためのハマース向けの圧力かもしれないが、今回、イスラエル軍は病院を破壊・破損してでも、その地下にあると見なすハマースの主要施設を破壊する姿勢を強めつつある。

 過去のガザ戦争の仲介は、停戦達成で政治的な作業が終了していた。今回、米国は戦後対策として政治的解決を模索する姿勢を見せた。ブリンケン国務長官は、議会証言で「現状維持」はもう選択肢ではないとし、2国家構想による政治的解決を模索すると述べた。今後の推移において、ガザ戦争の終わり方にもよるが、単なる停戦だけでなく、政治的解決策に向けた議論が始まりつつあるのは明るい兆候だろう。ただし、長年放置されてきた中東和平問題の議論を急に再起動させるのは非現実的である。今後2国家解決構想に向けた協議を再開するのであれば、当面の課題は、同構想の進展を阻害する要素を取り除き、議論開始のための政治的な前提条件を整えることだろう。

 ただこうした中長期的な議論とは別に、イスラエル軍がガザから撤退した直後にガザの統治(住民の生活維持・治安維持)を誰が担うかは、短期的な暫定的措置として決める必要がある。ガザにはパレスチナ難民支援を担当するUNRWAがある。同機関のマンデイトを暫定的に拡大し、ガザ全体の住民対象に支援活動を行うことは可能かもしれない。しかし、仮にそうなった場合でも治安維持を担当する機関が必要である。この議論はこれからであるが、簡単には決まらないことだけは確かである。誰かがその任務を担わない限り、ハマースのガザ統治が終了したとは言えないだろう。

(協力研究員 中島 勇)

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