中東かわら版

№120 アフガニスタン:パキスタンによる不法移民・難民の強制送還が本格化

 2023年11月1日より、パキスタン政府による不法移民・難民の強制送還開始を受けて、大量のアフガニスタン移民・難民がパキスタン領からアフガニスタン領に向けて移動した。これに先立つ10月3日、パキスタンのブグティ内相は、パスポートとビザだけが有効な書類でありそれ以外の身分証明書での滞在は一切認められないとし、パキスタンに滞在する不法移民は11月1日までに自発的に帰還しなければならない、さもなければ国の法執行機関が強制送還すると警告していた(詳しくは『中東かわら版』No.91参照)。

 正確な数字は不明だが、ブグティ内相は10月30日、過去2カ月間に20万人以上のアフガニスタン移民・難民が自主的に帰還したと述べた。現地の映像を確認する限り、主にアフガニスタン東部ナンガルハール州のトルハム国境、及び、南部カンダハール州のスピーン・ボルダック国境を経由して、数万単位の家族が帰還していると見られる。

 こうした事態を受けて、ターリバーンは10月31日、パキスタンとその他の諸外国に対して、アフガニスタン移民・難民を強制的に国外退去させないよう求める声明を発出した。ターリバーンのムハンマド・ハサン・アーホンド首相代行も11月3日に演説し、パキスタンに対してアフガニスタン移民・難民を不当に扱わないよう求めるとともに、全ての帰還民に最大限の協力をすると約束した。

 国際機関からも、パキスタンの対応に対する懸念が示されている。10月27日、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、パキスタン政府の移民政策に深い憂慮を示し、アフガニスタン移民・難民に対する強制的な送還を一時停止するよう要請した。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)も、パキスタンによるアフガニスタン移民・難民の強制送還措置は即座に撤回されるべきと発表した。10月31日付HRW記事は、パキスタン治安当局は期限を過ぎて以降、アフガニスタン不法移民・難民を拘束、殴打、恐喝しており、これらの脅威から逃れるため、移民・難民からパキスタン当局への賄賂が横行していると伝えている。

 こうした中、パキスタン・ターリバーン運動(TTP)は5日に報道官名義の声明を発出し、40年以上にわたってパキスタンでの生活基盤を築いてきたアフガニスタン難民が1カ月以内に退去をすることは容易ではないと同情を示し、アフガニスタンのターリバーン暫定政権による帰還民への支援方針を称えた他、パキスタンのパシュトゥーン人がこの問題に沈黙していることを批判した。

 

評価

 パキスタン政府は同国内にアフガニスタンからの不法移民が173万人いるとしており、パスポートとビザ以外の書類を身分証明書と認めない方針を打ち出している。従来、パキスタン政府とUNHCRは、登録証明カード(PoR card)を発給することで滞在許可証と見做してきた。しかし、ブグティ内相の不法移民・難民の強制送還方針が示されたのと前後して、正規の身分証明書がない者は厳しい取り締まりに直面しているようである。

 アフガニスタン移民・難民の中には、1979年のソ連アフガニスタン侵攻やそれに続く戦火を逃れるためにパキスタンに来た者も多く、多くはビジネスを展開するなど生活基盤を築いてきた。1カ月にも満たない限られた期間に、仕事や住居を手放して、あらゆる家財道具をトラックに詰め込んで移動することは至難の業と言わざるを得ない。また、アフガニスタン移民・難民の中には元国軍兵士・警察官等のターリバーンから政治的迫害を受ける可能性の高い者も多く、帰国すれば人権侵害や命の危険に晒されるケースも多いと考えられる。

 パキスタン政府は長らくアフガニスタン同胞を支援すべく移民・難民の受け入れをしてきた。ここにきて不法移民・難民の一掃方針を掲げる背景には、パキスタン国内の財政難もさることながら、TTPを匿うターリバーン指導部に圧力をかけることもあるだろう。最近、パキスタン国内では治安悪化が顕著であり、その多くの治安事案の実行を主張しているのがTTPである(『中東かわら版』No.79参照)。パキスタンはターリバーンに対してTTPを匿わないよう再三要求してきたが、依然としてTTPはアフガニスタン領内に潜伏しているとパキスタン側は見做している。

 パキスタンの政治的狙いがどのようなものであれ、政治的迫害や生命の危険に直面する難民を保護する責任が全ての国にあるため、諸外国・国際機関からパキスタンに対する強制送還措置の撤回を促す声があがるだろう。他方、現在の国際社会の関心はガザ地区の人道危機に向かっているため、パキスタンに対する圧力は限定的になると見られる。パキスタンは10月3日に今次方針を発表しているため狙ったわけではないだろうが、結果的に、こうした状況を追い風に不法移民・難民の一掃を図るだろう。

 今後の大きな課題は、厳冬が近づく中、ターリバーン暫定政権が帰還民に対してシェルター・食料支援等の充分な対応ができるかどうかである。シェルターを配布するにしても、難民キャンプを設置するには土地分配の問題もある。パキスタンに逃れた難民には最大民族パシュトゥーン人が比較的多い(ハザーラ人等の他民族もいる)が、アフガニスタン帰国後にタジク人やウズベク人等の他の民族が多数居住する土地が充当されれば、地元の民族分布を大きく変える可能性が生じる。流入する帰還民が地元民の既得権益を脅かす事態となれば、土地や水などを巡る係争が国内で増加する懸念もある。

 

【参考】

「アフガニスタン:パキスタン政府がアフガニスタン不法移民の国外退去方針を発表」『中東かわら版』No.91。

(研究主幹 青木 健太)

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