中東かわら版

№117 イエメン:フーシー派によるイスラエルへのミサイル・ドローン発射に関する声明

 2023年10月31日、イエメン北部を実効支配するアンサールッラー(通称フーシー派)の軍事部門は、報道官声明を通じて、大量の弾道ミサイルと有翼ミサイル、並びにドローンを、パレスチナのイスラエル占領軍を標的に発射したと発表した。それによれば、今次攻撃は「抑圧されたパレスチナの同報を支援する3度目の攻撃」である。また声明は、同派が「イスラエルの武力行使が続く限り、ミサイルとドローンを用いた攻撃を継続する」と伝えた。

 先だって、同日にイスラエルは紅海を越えて向かってきた飛翔体をArrow(※)によって撃墜したと発表しており、これがフーシー派の発表した攻撃を指すと思われる。なお被害については報告されていない。

※Arrowはアイアンドームよりも射程の長いミサイル迎撃システムで、10月7日に始まったイスラエル・ガザ間の衝突以降、初めて使用された模様。

 

評価

 先月7日に始まったイスラエル・ガザ間の軍事衝突を受けて、フーシー派はイスラエルと米国に対する強硬姿勢を見せている。8日以降、拠点であるサナアをはじめとした北部諸都市ではイスラエルへの抗議デモが起こり、10日には同派のアブドゥルマリク・フーシー指導者が、米国が直接パレスチナに軍事介入すればミサイルとドローンで参戦する用意があると発言した。こうしたトーンは17日のガザ地区北部の病院爆破を経てさらに強まり、21日にはフーシー派を母体とする国民救済政府のハブトゥール首相とマクブーリー副首相がサナアのハマース事務所を訪れ、「アクサーの大洪水」(ハマースによる対イスラエル攻撃の作戦名)を誇りに思うと演説した。

 一方、国外では先月19日、米国の誘導ミサイル駆逐艦Carnyが紅海で巡航ミサイル3発(4発との報道もある)と多数のドローンを撃墜した。27日にはシナイ半島のイスラエル国境付近と紅海沿いの町にそれぞれドローン1機が落下し、負傷者も出ている。今次攻撃でフーシー派は「3度目の攻撃」と明言したが、過去2度の攻撃が指すのはこれらであろう。

 かねてよりフーシー派は、支援国と位置づけるイランと足並みを揃え、またイスラームの防衛という自派の宗教的アイデンティティを誇示する意味で、パレスチナへの連帯やイスラエル批判を折に触れて掲げてきた。この点において、現下のガザ情勢は自派の主張や立場を内外にアピールするための好機となる。先月15日、フーシー派と対立するイエメン統一政府のイリヤーニー情報・文化・観光相は、フーシー派のスローガン(パレスチナへの連帯とイスラエル批判)を「パレスチナ人に何も与えない、空虚なもの」と批判した。ガザ情勢に乗じてフーシー派が勢いづくことへの警戒が、わざわざこのような発言をさせたと考えられる。

 なおイスラエルからすれば、フーシー派がガザ情勢に関して息巻く状況はどちらかといえば好都合であろう。フーシー派はハマース以上に地域及び国際社会で孤立しており、さらにはパレスチナ情勢に対するイエメン情勢への国際的な関心の低さから考えても、仮にイスラエルがフーシー派を攻撃しても周辺諸国からの反発はそれほど大きくないと予想される。加えてフーシー派はサウジアラビア・UAEと軍事的に対立しているため、仮にフーシー派とハマースが共同戦線を張ろうものなら、イスラエルはハマース攻撃によるメリットをそれらアラブ諸国に訴えることが多少なりとも可能となる。こうした点から、ハマースにとってフーシー派の参戦は軍事的にはプラス材料だが、孤立を深めるという点で政治的にはマイナス材料といえるだろう。

 ところでサウジアラビアからすれば、一連のフーシー派の言動によって同派との和平交渉は当面進展が見込めない状況となった。9月には和平交渉開始以来、初めてフーシー派代表団がリヤドを訪問したことで、具体的な成果は伝えられなかったものの交渉自体の継続が確認されたばかりである。ようやく生まれてきたイエメン戦争の平和的解決のムードがガザ情勢の影響で霧散する可能性が高くなったといえる。

 

【参考】

「エジプト:シナイ半島の紅海沿いの町へのドローン攻撃」『中東かわら版』No.115。

(研究主幹 高尾 賢一郎)

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