中東かわら版

№114 イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#4――第二段階・地上戦に突入

 2023年10月28日夜、ネタニヤフ首相は、戦争内閣の閣僚とともに記者会見し、戦闘が第二段階(地上戦)に入ったと述べた。イスラエル軍は、25日夜から小規模の部隊をガザに侵入させ始めた模様で、27日にはガザ内での地上軍部隊の攻撃を拡大したと発表した。同日には通信施設を破壊し、ガザでのインターネット、携帯電話の使用を不可能にしたが、その後一部で通信が回復したようだ。28日、イスラエル軍報道官は、改めてガザ北部の住民に南部への避難を呼びかけ、30日からはエジプトなどからの水、食料、薬などの支援物資の搬入が増加すると説明した。

 10月7日に拘束された人質はこれまで計4人が解放されたが、まだ200人以上がガザ内にいるとされ、人質家族代表はネタニヤフ首相に全員一緒の解放を要請している。ガザの戦闘は人質解放交渉と並行して進められることになり、より複雑な様相を呈しそうである。

 

評価

 イスラエル戦争内閣は戦闘が第二段階に入ったと発表したが、米『NYT』紙(10月27日)はイスラエル軍筋7人、政府筋3人の計10人の話として、イスラエル政府・軍指導部が意見の対立からガザ空爆後の対応を決定できないでいると報道した。また同紙は、ネタニヤフ首相は自分の責任を回避するために地上戦開始を戦争内閣全体の決定とすることを望んでいると伝えた。28日の第二段階突入決定は、戦争内閣と治安閣議の全員が賛成したと発表されている。今後もネタニヤフ首相が単独での最終判断を避け、戦争内閣全員の決定に固執するなら、そのことがイスラエル軍の対応を遅らせ、かつ曖昧化された戦争目的が設定されるかもしれない。

 今回のイスラエル軍のガザ攻撃が過去と違う点の一つは、燃料補給や通信インフラに対する強硬な対応である。イスラエル軍は、燃料不足によりガザ市内の病院や国連施設が機能停止に陥るとしても、ハマースの体力を削ることを優先して、燃料の搬入を許さない構えを見せている。この結果、通信インフラが破壊され、大方の地域でインターネットや携帯電話が使えない状況にある。これによってハマースは当然打撃を受けるが、ガザ市民、国際援助機関、メディアもその影響を受ける。

 パレスチナ紛争の歴史の中で、今回ほど多数の住民が紛争のために移動を強いられた例は1948年の第一次中東戦争以外にはない。国連によれば、ガザ北部の住民約70万人が南部に、ガザ全体では約100万人が自宅から避難した。その規模から、パレスチナ側が第二のナクバを警戒するのは無理からぬ反応だろう。一方イスラエル国内では、ガザ隣接地帯、レバノンに隣接する北部地域から計20万人が避難している。彼らは中部・南部のホテルや各種施設に滞在している。彼らの長期宿泊も大きな問題であるが、退避した人々が従事していた農業(野菜・果樹園・畜産)などをどう維持するかもイスラエル側では大問題である。

 市街戦が予想される地域には、イスラエル軍にとって敵(ハマースなどの戦闘員数万人)の20~30倍の一般市民が残留している。市民が戦闘に巻き込まれる危険性に加え、より確実なのは、イスラエル軍がガザ北部の広い地域に進出した場合、兵士らが困窮しきった約60万人の住民に遭遇することである。切羽詰まった住民はイスラエル軍に水、食料、薬、負傷者の手当などを要求するだろう。その対応を誤れば住民とイスラエル軍が衝突する恐れがある。ガザへの大規模爆撃の映像だけでも国際世論の広い反発を引き起こしている中、イスラエル軍部隊が住民と直接衝突すれば、その映像はさらなる衝撃を与える可能性が高い。イスラエル軍はガザ住民の保護は自分たちの責任ではないと考えているようだが、その代償は高いだろう。

 イスラエル軍は既に予備役兵士36万人を動員した。大規模動員の原則は短期運用である。数日で10万人単位の兵士を集め、即戦争に投入し、任務終了後は、速やかに社会や大学に戻すことである。言い換えれば、イスラエル軍は大規模戦争を短期間しかできない。この原則に沿えば、ガザでは地上戦の初期に大規模部隊を一気に投入し、一定期間内に任務を終了させた後、予備役兵士は社会復帰させ、残りは正規の兵士と一定数の予備役兵士で対処するのが現実的だろう。現在、予備役兵士は北部(レバノン国境)や中部(西岸)にも配置されている公算が大きい。周辺地域に目立った動きがなければ北部・中部での予備役兵士の必要性は低下する。

 報道によれば、今回、イスラエルの全大学生の3割が動員された。新学期は10月15日に開始予定だったが、大学当局は学期開始を先送りし、12月3日以降に設定しようとしている。新学期の開始時期によっては、予備役を務めた学生の中に、戦死・負傷は免れたものの今学期の単位取得ができなくなる者も出るだろう。通常、イスラエルの大学は予備役招集のためでであっても講義欠席は認めないとされる。この点、予備役兵士からの不満を抑えることも政府としては見据える必要がある。

 この他、イスラエル経済の稼ぎ頭であるハイテク産業への影響も無視できない。イノベーション関係調査会社は、ハイテク企業500社にガザ戦争の影響を質問した結果、従業員の約1割が召集され、約7割が事業に問題を抱えているとした。また別の報道では、ハイテク産業に従事する労働者約40万人の内6万人が召集されたとする。2014年のガザ戦争時の調査では、零細のスタートアップ企業で社員全員が召集されたケースがある。多数の専門家が長期欠勤すればその影響は大きいだろう。

 戦争閣議はガザの地上戦が長期化すると警告している。彼らは戦闘の長期化だけを言っているのかもしれないが、200万人を超すガザ住民にとっての長期化の意味を考えていないとすれば、イスラエル軍の地上戦は開始された段階ですでに破綻しているかもしれない。

(協力研究員 中島 勇)

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