中東かわら版

№102 イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#2――地上戦開始前の状況

 イスラエル軍は、2023年10月7日からガザに対する激しい空爆・砲撃を継続した。13日には、ガザ北部半分の住民に24時間以内に南部に移動するよう呼び掛け、翌14日には、避難する時間をさらに6時間延長した。15日夕方時点(現地時間)で、まだイスラエル軍地上部隊は、ガザ内に侵攻していないが、攻撃開始は時間の問題だろう。イスラエル軍は、これまでガザ地域の半分の住民に避難を呼びかけたことはない。純粋に民間人の被害を少なくするための措置かもしれないが、ガザ分断などの思惑がある可能性もある。イスラエルのこうした強硬措置をパレスチナ側が、第二のナクバ(避難民の帰宅拒否)として警戒するのは当然だろう。

  

評価

 イスラエル軍が、どのような作戦を展開するにしても、イスラエル軍兵士とパレスチナ側の武装組織の戦闘員よりはるかに多いガザ市民が犠牲になるのは不可避である。またイスラエル軍は、ハマースの軍事インフラを破壊し、幹部の殺害・拘束は出来たとしても、「ハマースの壊滅」までは難しいだろう。「ハマースの壊滅・解体」の定義は曖昧で、現場の兵士が具体的にどうすればいいかははっきりしない。さらに軍隊の仕事は、敵の軍事力の破壊であり、政治組織の解体は本来の任務ではない。「ハマースの壊滅」は政治家の役割であるが、イスラエルの緊急戦時内閣にハマースを政治的に抹殺するための方策があるかは疑問である。

 パレスチナ問題は政治的にしか解決できない。この原則が具体的な政策として機能しない限り、ハマースのような武装組織が跋扈し、意味のない破壊が行われ、無益の血が流される不毛で冷酷な状況が続くことは避けられないだろう。

 ハマースによる今回の攻撃は、イスラエル側の体制の弱点をさらけ出した。イスラエル側は、今回の攻撃を事前にまったく察知できなかったようだ。原因が何であれ、今後、この失敗は調査・検証の対象になるだろう。ハマースは、境界に建設された壁・フェンスを、小型ドローンを利用した攻撃と狙撃により監視カメラや通信塔、遠隔操作の機関銃システムなどを破壊し、コンクリートの壁は爆弾で破壊し、金網のフェンスはブルドーザーやワイヤーカッターで穴をあけたようだ。また境界付近の部隊の指揮官らが集合する基地が襲撃・制圧されたため、指揮系統が麻痺したとされる。

 イスラエル領内になだれ込んだ約2000人と推定されるハマースの戦闘員の行動については、死亡した戦闘員が使用していたカメラの動画映像や持っていた書類などの分析が開始されている。報道によればハマース戦闘員らは、部隊ごとに担当する標的の詳細な地図や情報を持っていたとされる。イスラエル軍の小さな基地8カ所ほどが攻撃・制圧された模様であるが、ある秘密基地について戦闘員らは正確な場所や施錠されていない入口などの情報を持っており、短時間でその基地を制圧している。イスラエル側の詳細情報をハマースが得ていた点も、今後の調査の対象になるだろう。またイスラエル軍が開示した証拠では、農場やキブツなどでの市民殺害・拉致は計画に沿って実施されたようである。イスラエル軍は、今回の作戦立案の過程や準備の詳細を探るためには、襲撃に参加した戦闘員の証言を必要としていると推定されるが、ハマースの戦闘員が、イスラエル軍の捕虜になったとの報道は今の時点ではない。

 今回のハマースのイスラエル攻撃でのイスラエル側の最大の失策は、救援部隊が襲撃現場に到着するまで8時間程度かかっている点だ。通常、車で移動すれば、高速道路を使わなくてもガザからイスラエル中部のテルアビブまでは1時間ほどで行ける。ガザ付近のイスラエル軍基地からであれば、救援部隊の現場到着までの時間はさらに短い。ガザを含むイスラエル南部地域を担当するイスラエル軍の南部方面軍の襲撃に対する対応の遅さ・鈍さは、同方面軍の運用に何らかの問題があったことを示唆している。ハマースに殺害あるいは人質にされたイスラエル人の家族・親族の怒りがハマース向かうのは当然だが、今後、対応で後手に回った軍や政府にも向かうだろう。

 イスラエルでは、政府・軍が大きな失態を引き起こした場合、強い法的権限を持つ独立調査委員会が設置される。ガザの戦闘が一段落した後、軍・政府の一連の失敗に関する調査委員会の設置は不可避だろう。ネタニヤフ首相は、司法制度改革によって起きた国内の分裂や社会の混乱につけ込む敵対勢力の動きを懸念する軍・治安組織の警告を無視したとも言われている。ネタニヤフは、汚職容疑の裁判に加えて、今回の大失態でも調査の対象になるだろう。

 ガザでの大規模戦闘に国際社会の懸念やメディアの関心が集まっているが、パレスチナ人の反占領闘争の本筋は西岸での闘いである。西岸では若い世代で構成される小規模の武装集団が各地で組織されている。彼らは、既存の政治組織の傘下にはない。また新しい傾向としては、彼らがイスラエルの西岸占領政策の中核である入植者とイスラエル軍に狙いをつけて攻撃していることである。西岸のパレスチナ勢力は、攻撃対象を西岸(占領地)内に限定せず、イスラエル国内でも攻撃を行うことで、占領政策に批判的なイスラエル人の反発と国際社会からの非難を受けてきた。占領地(西岸)内で、狙い撃ちの対象にされた入植者らは、パレスチナの村々に対する襲撃を増加させている。入植者らのこうした行動は、国際社会からの占領非難の声を増大させるための格好の材料となっている。イスラエル軍も、入植者の行動に手をやいている。こうした事情もあり、西岸でのイスラエル軍とパレスチナ人との衝突は激化しており、2023年中のパレスチナ側の死者数は200人に近い。この数字は、パレスチナ人の反占領運動がインティファーダとよばれる運動に拡大する可能性を示している。ハマースの今回の行動は、西岸での反占領運動の盛り上がりに水をさす結果になるかもしれない。

 

【参考】

「イスラエル:司法改革をめぐりネタニヤフ政権と野党・法曹界・学生が対立」『中東かわら版』2022年度No.133。

「イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#1――イスラエルはハマースとの戦争を宣言」『中東かわら版』No.94。

 

(協力研究員 中島 勇)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP